「最期まで楽しく生きる」
昨年6月に乳がんで亡くなった神戸市東灘区の清水千恵子さん=当時(70)=は、よくそう言っていた。
楽しく、穏やかに過ごしながら死を迎えるのは理想に思える。終末期になると体の痛みは強まる。だるさや息苦しさ、死を目の前にした心の痛みもある。
やはり、誰でも最期はつらく、死は痛々しいものなのだろうか。
昨年2月半ば、兵庫県豊岡市日高町の介護施設「リガレッセ」で出会った大槻恭子さん(43)は「人って、痛みなく楽に死ねるんよ」と言っていた。
大槻さんは、施設の運営法人の代表理事を務める。リガレッセでは家族や医師と話し合い、原則、延命に向けた治療はしない。医療用麻薬で痛みを取り除き、自然に任せて最期をみとる。
そうして迎える死は痛々しさがないのか。もう一度、じっくり聞きたい。5月中旬、私は久しぶりに施設を訪ねた。
◇ ◇
「元気そうやん。表情もよくなってる」。大槻さんが私の顔を見るなり言う。戸惑っていると、「生きるとか死ぬとかに関わると、顔つきが変わるんよ」と続ける。
昨年の取材では介護士や看護師、入所者ら約30人に話を聞いた。
敷地内のカフェ「miso(みそ)」で、向かい合って座る大槻さんが口を開く。
「もめ事や子どもへの思いとか、生きていたら心に引っ掛かっていることがある。そこを軽くしてもらえないと、苦しみにつながると思うねんな」
そう言って、4年ほど前に体験したみとりの話をしてくれた。患者は最期を迎えつつある高齢の女性。意識が混濁し、息づかいも苦しそうになっていたところへ、知人の女性が駆けつけた。以前は仲が良かったが、事情があって縁が切れたらしい。
その女性が枕元で「ごめんなあ、ごめんなあ」と顔をなでる。すると呼吸が楽になり、そのまま、すーっと息を引き取ったそうだ。
「人ってさあ、どうしたって人生に不満や不安が残る。そのもつれた糸がほどけて安心したら、痛みが弱くなって楽になると思うねん」
心に残るつらさや後悔から解き放っていく。その先に、痛々しさが和らいだ死があるのだろうか。(田中宏樹)
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