「生ききる」という言葉の意味を考えながら、連載に登場してもらった人たちの最期を思い返している。
家族に囲まれ、住み慣れた家で逝った人がいた。孤独死した人がいた。病気を苦に自ら命を絶った人、無縁仏として葬られた人がいた。東日本大震災で津波にのまれた男の子はまだ2歳半だった。
自分らしく人生を歩き終え、身の回りの気がかりを片付けて逝ける人ばかりではない。当たり前のことだが、あらがっても、自分の力ではどうしようもできないことが世の中にはあることを、かみしめる。
◇ ◇
個人的に時々、思い出す死がいくつかある。
十数年前、子どもの頃によく遊んでもらった従姉妹(いとこ)が亡くなった。30代、自殺だった。夫と幼い3人の子どもが残された。通夜の席で、大勢の親戚に囲まれて笑う末っ子の姿が痛々しかった。
もう一人は顔を知らない女の子のことだ。2年前、担当していた紙面の隅に小さなコーナーがあった。亡くなった人と生まれた赤ちゃんの名前を掲載する欄だ。
家族が市役所に届けを出し、希望すれば、名前や生年月日などの情報が新聞社に届く。そこに、同じ名前が並んでいた。生まれた翌日に亡くなった女の子だった。
大きくなったら、たくさんの人に呼ばれるはずだった名前である。家族以外に一人ぐらい、その名を覚えている人がいてもいいだろうと思い、頭の引き出しにしまい込んだ。
◇ ◇
連載の話に戻りたい。取材でたどり着いた人の中には、何の前触れもなくこの世を去ったり、追い詰められ、苦しんで逝ったりした人が少なからずいた。
ただ、残された家族に話を聞いていると、相手が必ず笑顔になる瞬間があった。生きていた頃の、何げない幸せについて語っている時だ。
取材で聞かせてもらった、一つ一つの死に「生ききる」という言葉を重ねる。
思い通りの死を迎えられなくても、家族や友人、もしくは全く知らない他人でもいい、誰かの心を揺さぶったり、生前の姿を思い出して笑顔にしたりすることができれば、それは「生ききった」と言ってもいいのではないだろうか。
大切なのは、そこに至る生き方そのものだと思うからだ。(紺野大樹)
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