私は豊岡市日高町の介護施設「リガレッセ」で運営法人の代表理事、大槻恭子さん(43)に話を聞いている。
「生きるうちに、もつれてしまった糸をほどく。そしたら安心して、すごく楽になると思う」
そんなものだろうか。不安や不満を取り除くと、すーっと逝けるのだろうか。そう思っていると、大槻さんが言葉を続けた。
「死を点で捉えるのはもったいない。懸命に生きてきた人生を終えるって、面で考えるのが大切なんよ」
◇ ◇
手元にある取材ノートを繰ってみる。今はもういない人たちの言葉が残る。
「私にとって生き抜くって、抗がん剤を頑張ることじゃない」。2月に大腸がんで亡くなった森脇真美さん=当時(57)=はそう思って、抗がん剤治療をやめた。
それから親戚や友人に会って感謝を伝え、家族と過ごす時間を大切にする。亡くなる2週間前には娘や孫が自宅に集まり、一緒に食事をした。「楽しかったあ」と話す森脇さん。ノートに「すごく笑顔で」と記されている。
昨年6月に亡くなった神戸市東灘区の清水千恵子さん=当時(70)=はこう言っていた。「死ぬ準備をせなあかん」。業者と葬儀の段取りを決める予定までしていた。
そこまで覚悟する一方で、薬で痛みを調整しながら外出を楽しんだ。
2人は痛々しさもひっくるめて死を受け入れていた。そして、人生を最期まで充実させ、命を閉じた。私にはそう見える-。
◇ ◇
リガレッセで、大槻さんが私に語り掛ける。「苦しいだけで人生を終えなくてもいいんじゃないかな。もちろん別れは悲しいけれど、『あの人、いい人生やったよね』って言ってもらう方がいいやん」
私はうなずく。
最期が近づけば、後悔や心配事が頭に浮かんでも体は思うように動かせない。
できればそうなる前に、生きてきた道のりを振り返る。家族や友人と対話を重ね、残された時間や思い出をいとおしむ。それが「もつれた糸をほどく」ということなのかもしれない。
不安や悲しみがゆっくりと溶け、心が充足感に浸されていく。「まあいい人生だったかな」。そう思うと、死は痛々しさやとげとげしさだけではないような気がした。
大槻さんと話し終え、外に出る。爽やかな風が肌をなでた。(田中宏樹)
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