ICレコーダーに残る声を聞いている。
録音は昨年6月18日。声の主は兵庫県小野市の廣尾すみゑさん=当時(68)=だ。大腸がん末期のすみゑさんは、取材に訪れた私に、途切れ途切れの小さい声でこう言った。
「ボツに、せんとって、ね」。亡くなる50分前のことだ。伝えるんや、というすみゑさんの意思を強く感じた。
思い出しながら、涙が出そうになる。あの日が、私にとって「いのちをめぐる物語」の取材の出発点だった。
◇ ◇
台湾で聞いた「良い死」という言葉が気になっていた私は、5月初め、すみゑさんの長男の妻理絵さん(45)に連絡を取った。聞きたいことがあった。
「すみゑさんの死について後悔はありませんか?」
理絵さんは「抗がん剤をするかどうかとか、何回も悩んで出した答えやったから。後悔があるかと聞かれたら、ないです」と言った。
最終章のタイトルにちなんで「死ぬって、怖いですか?」と尋ねてみる。
すると「怖い、冷たい、恐ろしいとかは思わない。ばあちゃんは、10年ぐらい前から『腐葉土になる』って言ってたから。新しい芽が吹くための肥やしになるんやって」と理絵さん。腐葉土かぁ。何だか温かい気持ちになる。
すみゑさんが何年も前から死について考え、家族に伝えていたことをあらためて知った。がんが分かってからは、治療方法や終(しま)い方について何度も話し合ったことも。
それらがあったからこそ、あの日のみとりなのだ。
◇ ◇
5月半ば、すみゑさんのお墓参りに出掛ける。自宅から歩いて数分。孫の色花(いろは)さん(9)と三獅郎(さんしろう)君(8)が駆け足で先導してくれる。
理絵さんたちの笑顔を見ながら、すみゑさんの「生」が家族の「今」につながっていると感じる。
「良い死」について考えながら、私は生も死もその先も、すべてが地続きなんだと思うようになっていた。
さらに、こうも考えた。
すみゑさんは、家族だけでなく、次を生きる人たちのために、最期の場面で出会った私にも言葉を伝え、その姿を見せてくれたのかもしれない、と。
すみゑさんの生きざまを心にとどめて。まずはきょうを、生きよう。(中島摩子)
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