尊敬する父・石ノ森章太郎を語る、丈(撮影:石井隼人)
尊敬する父・石ノ森章太郎を語る、丈(撮影:石井隼人)

父親は『仮面ライダー』『サイボーグ009』で知られる漫画界の帝王。

「周りの人たちは事実として僕の父親が石ノ森章太郎であることは知っています。でも自分からは絶対に言いませんでした。聞かれたとしても、その話題はノーサンキューみたいな感じで」

俳優で演出家の丈(59)が、これまでかたくなに父親の話をして来なかったのには理由がある。

■世界一尊敬しているから

父親が数々の名作を生み出している漫画家であることを認識したのは早かった。

「僕が生まれて物心ついたときには、父はすでに部屋にこもって机に向かって絵を描いていました。幼少の頃は、いわゆる世間一般の人たちも父と同じような仕事を部屋にこもってしているものだと思っていました」

そんな売れっ子漫画家であった父には、子供たちに口癖のように言い続けてきた言葉がある。

「“一人で生きなさい”、“自分の力で生きなさい”ということは小さい頃から口酸っぱく言われてきました。要するに“俺を頼るなよ”ということです。父のことを話すのはやぶさかではないし、話したいこともたくさんあります。でも“俺を頼るな”という父の言葉が僕の中で金言になっていて」

周囲からの雑音も嫌だった。

「子供の頃は『お前の親、「仮面ライダー」だろ?』『サインを貰ってきてほしい』くらいならばまだしも、時には『漫画つまんねー!』とかも言われたりするわけです。それが本当に嫌でした。何故ならば、僕は父こそ世界で一番の人だと思っていて、心の底から尊敬しているからです。だからこそ軽はずみに父のことは言いたくなかった」

それではなぜ今こうして話をしてくれているのか。

「父が亡くなったのがちょうど60歳。来年僕もその年齢になります。そこまでは自分からは絶対に父のことは言わないぞと誓っていました。まあ若干のフライングですが、今は準備段階みたいな感じで自分から父の話をし始めている状態です。ここまで詳しく自分の心境を語ったのは初めてです」

■息子として父の夢を叶える

丈が俳優を志したのは15歳の頃。好きなことを仕事にしようとする息子に対し、父は黙って見守っていてくれた。

「無口な人でしたが、好きなことをやりなさいと。父自身が漫画家を目指していた時は時代もあって祖父から『くだらないことをしていないで勉強をしろ!』と描いた漫画を破り捨てられたと言っていました。それが物凄く悲しかったと。父自身の経験から、周りからとやかく言われることの面倒くささを知っているわけです。だから僕ら子どもがやることに対して余計な口出しはしなかった」

自らの創作舞台を終戦80周年平和記念作品として映画化した『ハオト』が8月8日より公開される。丈にとっては3本目となる長編映画監督作だ。

「父が一番なりたかった職業が実は映画監督でした。VHSが発売された当時は洋画番組を録画して、仕事部屋がビデオだらけになっていたのを覚えています。『仮面ライダー』『イナズマン』の一編の監督を務めた時は本当に生き生きとしていて、徹夜して朝寝ているような人が早朝に起きて楽しそうに現場に向かっていました。僕が映画監督になったのも、そんな父の影響が大きいです」

亡き父の遺志を引き継いで、2001年に『サイボーグ009』の完結編となる小説『2012 009 conclusion GOD'S WAR』を執筆した。ならば次は映画監督として、父・石ノ森章太郎の原作に挑んでみたいとは思わないのだろうか。

「死ぬまでに1本くらいは父の原作で映画を撮ってみたいとは思います。でも売名的にやる気持ちはさらさらありません。繰り返しになりますが、父こそ世界で一番の人だと尊敬しているからです。来年僕は父が亡くなった年齢になりますが、父と比べると自分なんてまだまだ。俳優として、監督として、作品を通して世の中に影響を与えるようなものを生み出していきたい気持ちが強くあります。焦ってはいませんが、父が夢見た映画監督という仕事を自分なりに消化できたらと思っています」

(まいどなニュース特約・石井 隼人)