いじめた方は軽い気持ちだったとしても、いじめを受けた方は深い心の傷になって残っているものです。高校卒業20周年の同窓会にて、当時自分をいじめていた同級生と再会した主人公の決断を描いた、吉本ユータヌキさん作の漫画『心の傷は』がX(旧Twitter)で注目を集めています。
同窓会のお酒の席にて「あん時はいじめてごめんな、反省してるから許してよ」とヘラヘラしながら謝ってきた加藤に対面する主人公の描写からストーリーは始まります。
無言で「ぶん殴りたい」と思う主人公に対し、「若気の至りってことで!なっ!」「はい、乾杯乾杯!」とまったく反省していない様子の加藤は明るく話し続けます。主人公は気持ちを押し込むように無言でビールを流し込むのでした。
その後、トイレでひとり舌打ちをしている主人公の前に「そのイライラの話聞かせてくれよ、聞かせてくれたら何でもひとつ願いを叶えてやるよ」と語りかける謎の生き物が現れました。主人公はとまどいつつ、当時の自分の置かれた状況を話し出します。
主人公は、高校2年生の体育の授業で自身が蹴ったサッカーボールが加藤に当たってしまったことがきっかけで、嫌がらせ行為が始まったことや、やめてと言っても聞いてもらえず、周りも見て見ぬふりをしたことを話します。
その経験から主人公は、大学でも就職先でも人を信じることができなくなってしまい、いつも1人で苦しんできたのです。「加藤にとっては笑い話になったけど、ボクにとっては治らない傷になった」と主人公は苦しい胸の内を明かしました。
話を聞いた謎の生き物は「ぶん殴るだけじゃ足んねえなぁ。会社クビになるでも離婚させるでも、もしくは帰りに事故を起こすこともできるぞ。どうする?あいつがどれだけ傷付けば許せる?」と主人公に尋ねます。主人公は「じゃあ......」と魔法を使うことにしたのでした。
時間は冒頭の場面に戻り、「あん時はいじめてごめんな、反省してるから許してよ」と再び加藤は主人公に言います。その言葉に対して主人公は「一生許さねぇバーカっ」と言い放つのでした。
主人公は謎の生き物に時間を戻すお願いをして、加藤に対して自身の気持ちを直接伝えたのです。「はじめてだよ、時間戻したの。本当にアレでよかったのか?」と言う謎の生き物の質問に主人公は「わかんない......」と涙を流しながら歩くのでした。
コメント欄には「許しは加害者の権利じゃない」「いじめてた認識があるのが腹立つ」など、いじめに対する多くの声が寄せられました。そこで同作について、作者の吉本ユータヌキさんに話を聞きました。
■僕が描くものは基本的に、過去に僕が感じたことがあること
ー同作を描くきっかけがあれば教えてください。
2023年に『あした死のうと思ってたのに』という漫画を描いたんですが、この時に僕の中ではじめて自分の中にある暗い面を表現することができました。それまでは暗い気持ちは出してはいけないと思ってたんです。
読む人がイヤな気持ちになるかもしれない。気持ち悪いやつだと思われるかもしれない。SNSのフォローを外されてしまうんじゃないか…と、いろんな考えの中で、気持ちを出せずにいました。
けどメンタルの不調もあり漫画家を辞めようと思い、もうどうにでもなれって気持ちで『あした死のうと思ってたのに』を描いてみたら、すごくたくさんの反響をいただきました。そこには共感やうれしい感想が多く、想像していたものとは全く違ったものでした。
この時に、暗い気持ちを出すことで共感したり、励みにしてくださる方もいるんだと思え、本来の自分の暗い部分も漫画にしていくことにしました。そこで過去を振り返ったときに、僕の中で特に印象深かった中学時代にいじめられていたことを描こうと思い、この話を作りました。
ー描く際に心がけていることなどはありますか。
僕が描くものは基本的に、過去に僕が感じたことがあることなんです。なので当時のことを思い出し、素直に感じたことを描くことを意識をしています。ただ、当時は何もできず自分を押し殺して、今も引きずり続けていることばかりなので、漫画の中で「こうできていればなぁ」ってことを描いています。
読む人の反応を想定して描いていた時もあったのですが、今は過去の自分に届けるという意味で描いているところもあるので、嘘偽りなく、素直に自分の気持ちを書くことを意識しています。
ー同作で、謝罪は受け入れても許す必要はないという展開にした理由を教えてください。
自分が今、中学時代にいじめてきていた同級生に謝られたらなんて言うだろう…と想像したら、この答えになりました。その場の空気が悪くなってもいいから、言い放って帰るだろうなと。
ー作品を通して読者に伝えたいメッセージがあれば、お聞かせください。
漫画を読んでもらえるだけでうれしいです。この作品に出会ってくださって、ありがとうございます。
(海川 まこと/漫画収集家)