アンソニー・ウォラー監督こだわりの眼球演技
アンソニー・ウォラー監督こだわりの眼球演技

モスクワの寂れたスタジオで撮影されたのは…殺人フィルムだった!?

製作から30年。好事家たちに偏愛されるスリラー『ミュート・ウィットネス』が、4Kデジタルリマスター版として装いも新たに8月15日から劇場公開される。

■日本発のキワモノ映画がヒント

特殊メイクアップアーティストとして働くビリー(マリナ・スディナ)は、ホラー映画の撮影のためにモスクワのスタジオを訪れていた。撮影後に忘れ物を取りに戻ったビリーは、そこで怪しげなポルノ映画の撮影を目撃してしまう。

女性に襲い掛かる仮面の男が手に持っていたのは巨大なナイフ。次の瞬間、男はナイフを全裸の女性の体に何度も突き立てた。助けを求める絶叫と血飛沫。これは普通ではない。二人の男は本物の殺人フィルムを撮っていたのだ…。声を出すことのできないハンディキャプがあるビリーと殺人犯の怖すぎる追走劇が幕を開ける。

アイデアの種とインスピレーション元は、新聞記事と日本生まれの残酷ビデオにある。そう語るのは、製作・脚本・監督のアンソニー・ウォラー(65)。自身にとっての長編映画監督デビュー作の誕生秘話を解説する。

「低予算ながらも効果的なジャンル映画を作りたいと考えた時に、追いかけっこのあるサスペンスフルな内容はどうかと閃きました。ちょうど南アメリカで実際にあったスナッフフィルムにまつわる新聞記事を目にしていた事もあり、追走劇&殺人フィルムというテーマが上手く結びつきました」

劇中のスナッフフィルム撮影の雰囲気や演出の参考にしたのが、日本発の悪趣味残酷ドキュメンタリー映画『ジャンク/死と惨劇』(1979年)。46か国で公開上映禁止処分を受けた…などと言われている伝説的問題作だ。

「『ジャンク/死と惨劇』シリーズを通して色々な人たちの死ぬ姿を研究する中で、本当に死ぬ人というのは目の表情が違うことに気づきました。それを参考に『ミュート・ウィットネス』では目のクローズアップを多用するなど、目の演技や表現にこだわって演出していきました」

ロシアの寂れた広大なスタジオを舞台に、出口を求めて逃げ惑うビリー。逃がすものかと追走する犯人一味。異国の地で声の出ないビリーの緊迫の逃走劇は、臨場感ある演出とスタイリッシュな映像、テンポ抜群の編集も相まって、今もなお手に汗握る。海外の映画レビューサイトでも「開始1時間が超ヤバい」と迫真のチェイス場面を見どころに上げる映画ファンも多い。

「逃げるビリーと追いかける犯人の位置関係を示すために、シネマスコープサイズで撮影したのは効果的でした。チェイスシーンはステディカムで撮る予定が、リハーサルの時にオペレータが転倒して骨折。そこからはローラースケートを履いた私がカメラを担いで撮影しました。かつて自分が演出したCMなどではよく使用していたスタイルだったので、ステディカムよりも良い画が撮れたと思います。ちなみに私はこのスタイルでフレディ・マーキュリーのMV撮影を手伝ったこともあります」

■作り手としてのポリシーは

1995年というCGI技術黎明期ゆえ、撮影は手作り感満載だった。

「ストーリーボードも使わず、ロケハンの段階でどのようなアングルで撮るのがベストなのかはすべて自分の頭の中にありました。主観映像でビリーの薄れゆく意識を表したショットは、カメラのレンズに食品用ラップを巻き付けてその上にワセリンを塗ってアナログな形でぼかしを演出しました。浴槽での感電死シーンはフィルムのコマ一つ一つに傷を付ける形で電気が流れる様子を描写。まさにローテクな現場でした」

ビリーの危機一髪をサスペンスフルに活写する一方で、スパイスとして笑いが散りばめられている。ビリーの姉とその恋人の間の抜けた立ち振る舞いがコミカルさとなって笑いを誘う。その絶妙な緩急が、一本調子にならないうねりのようなリズムを生んでいる。

「大立ち回りのバスルームの場面では、キャビネットの中に置いてある薬のパッケージが映ります。その文字を読んでみてください。効能としてストレスフリーと書いてあります。殺人犯の襲撃という超絶ストレスな状況にあって、何の役にも立たないストレスフリーの薬が映るという私なりの爆笑ギャグです。日本の方が笑ってくれることを望みます」

ストレスフリーのギャグが面白いのかどうかはさておき、監督作2本目となる『ファングルフ/月と心臓』(1997年)も『ミュート・ウィットネス』同様にホラーとコメディ、そしてお色気をミックスしたような作風だった。それはウォラー監督の作家性なのか。

「ホラーとコメディをミックスするのは確かに自分のスタイルかもしれません。映画配給会社は一言でカテゴライズできる作品の方が売りやすいのでそちらを好む傾向にありますが、私の考えとは違います。観客の皆さんはまったく予想しなかった角度から怖がらせられたり、笑わされたりする方が好きだと思うからです。この点は映画監督として作品を作る上での私のポリシーと言えるでしょう」

『ホステル』『サンクスギビング』で知られ、恐怖に奇妙な笑いをブレンドする作風が持ち味のイーライ・ロス監督は『ミュート・ウィットネス』について「これこそ私がやりたい映画だ」と評しているという。今回の30年ぶりの劇場公開を機に、若い世代の同好の士が増えることをウォラー監督は願っている。

(まいどなニュース特約・石井 隼人)