左から、中国・習近平氏(c)zixia/123RF.COM、ロシア・プーチン氏(c)timofeev/123RF.COM、北朝鮮・金正恩氏(c)primdiscovery/123RF.COM
左から、中国・習近平氏(c)zixia/123RF.COM、ロシア・プーチン氏(c)timofeev/123RF.COM、北朝鮮・金正恩氏(c)primdiscovery/123RF.COM

2025年9月3日、中国の北京で開催された「抗日戦争勝利80周年記念式典」に、北朝鮮の金正恩総書記が出席し、世界の注目を集めた。この軍事パレードには、中国の習近平国家主席、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領を含む26カ国の首脳が参加し、中露朝の3首脳が一堂に会する異例の光景となった。

中国が金正恩氏を招待し、中朝会談を実施した背景には、複雑な地政学的思惑が絡んでいる。特に、米国トランプ政権の動向と北朝鮮をめぐる米中間のパワーバランスが大きな要因となっている。

■軍事パレードの意義と中露朝の結束アピール

9月3日、北京市の天安門広場で開催された軍事パレードは、中国にとって6年ぶりの大規模な軍事イベントであり、最新の対艦ミサイル、戦闘用無人機、核搭載可能な弾道ミサイルなどが披露された。

習近平国家主席は演説で「中国人民は巨大な民族的犠牲をもって世界平和に貢献した」と強調し、「戦勝国」としての中国の立場を誇示した。このパレードは、単なる記念行事にとどまらず、米国主導の国際秩序に対抗する中露朝の結束を世界にアピールする場でもあった。

特に注目すべきは、金正恩氏の参加だ。金氏が複数の外国首脳が集まる場に参加するのは初めてで、2019年1月以来、約6年半ぶりの訪中となる。北朝鮮の最高指導者が中国の軍事パレードに出席するのは、1959年の金日成主席以来の歴史的な出来事である。習近平氏が金氏を招待したことは、中国が北朝鮮との「伝統的な友好関係」を再確認し、地域の安定と平和のために協力する姿勢を示す狙いがあったとされる。

■トランプ政権への牽制と中朝関係の再構築

金正恩氏の招待の背景には、トランプ政権の存在が大きく影響している。トランプ大統領は2018年から2019年にかけて金正恩氏と3回の首脳会談を行い、北朝鮮に対して友好的な姿勢を示した。2025年、トランプ政権2期目が始まって半年が経過したが、対北朝鮮政策は依然として明確な方向性を示していない。しかし、最近の米韓会談で、トランプ大統領が金正恩氏との再会に意欲を示したことは、中国にとって無視できない動きだ。

中国は、米朝関係の急接近がもたらすリスクを強く警戒している。北朝鮮は、米中覇権競争における重要な緩衝地帯として機能してきた。もし米朝関係が良好になり、米国の影響力が北朝鮮に及ぶような事態になれば、中国の国境付近に米国の軍事的・政治的プレゼンスが迫ることになる。これは中国にとって絶対に避けたいシナリオだ。北朝鮮が米国に接近することで、中国の地政学的安全保障が脅かされ、東北アジアにおける影響力が低下する可能性があるためだ。

このため、中国は中朝関係の強化を通じて、トランプ政権に対する牽制を明確にする必要があった。金正恩氏を軍事パレードに招待し、習近平氏と金氏が公の場で親密な姿を見せることは、米国に対して「北朝鮮は中国の影響下にある」というメッセージを強く発信する手段だった。実際に、式典では習氏を中心にプーチン氏と金氏が寄り添い、親しげに会話する様子が中国国営メディアによって中継され、中国が中露朝の盟主であることを印象づけた。

■韓国・李在明政権の影響と日韓の動向

もう一つの背景として、韓国の政治状況の変化も見逃せない。2025年に発足した李在明政権は、北朝鮮に対して比較的宥和的な姿勢を示している。米韓会談でのトランプ大統領の発言と合わせ、米朝対話の再開の可能性が高まっている中、中国は北朝鮮との関係強化を急いだ。韓国が北朝鮮との対話を進める場合、中国が蚊帳の外に置かれるリスクもあるため、中朝会談を通じて中国が北朝鮮の「後ろ盾」としての地位を再確認する必要があった。

また、日韓関係の急接近も中国にとって想定外の動きだった。日本の石破政権下で日韓が安全保障協力を強化する兆しが見られる中、中国は中露朝の結束をアピールすることで、地域の勢力均衡を維持しようとしている。軍事パレードに26カ国の首脳が参加したことは、中国の外交的影響力を示す一方で、日米欧の主要国が首脳派遣を見送ったことで、欧米との溝が浮き彫りになった。

■中国が避けたいシナリオと今後の展望

中国が最も警戒するのは、米朝関係の改善が中国の影響力を排除する形で進むことだ。北朝鮮が米国に接近し、米国の軍事力や経済的支援が北朝鮮に流入すれば、中国の北東国境における安全保障環境が一変する。北朝鮮が中国にとって「緩衝地帯」としての役割を失えば、米国の軍事プレゼンスが中国国境に直接迫るリスクが高まる。これは、中国の国家安全保障にとって重大な脅威となる。

さらに、トランプ政権が北朝鮮との交渉を再開し、非核化や経済支援を条件に北朝鮮を米国の影響下に置くシナリオは、中国にとって悪夢だ。中国は、北朝鮮を自国の外交的・軍事的枠組み内に留めることで、米国の東アジア戦略に対抗しようとしている。今回の軍事パレードは、その意図を明確に示す場だったと言える。

今後、中国は中朝関係の強化をさらに進め、北朝鮮に対する経済的・軍事的支援を拡大する可能性がある。一方で、トランプ政権がどのような対北政策を打ち出すのか、米朝対話が再開されるのかが注目される。北朝鮮をめぐる米中間の綱引きは、東アジアの地政学的バランスを大きく左右するだろう。

◆和田大樹(わだ・だいじゅ)外交・安全保障研究者 株式会社 Strategic Intelligence 代表取締役 CEO、一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事、清和大学講師などを兼務。研究分野としては、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者である一方、実務家として海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)を行っている。