14歳で出産したゆかさんと、赤ちゃんの頃の娘さん(いずれも提供写真)
14歳で出産したゆかさんと、赤ちゃんの頃の娘さん(いずれも提供写真)

13歳で妊娠、14歳で母となった女性の人生が、SNSで反響を集めている。福井県在住のゆかさん(37) 。2002年、中学2年の時に娘を出産し、家族の協力を得ながらシングルマザーとして育てた。現在、娘は23歳となり、メイド喫茶を一緒に経営するなどビジネスパートナーになった時期も。「周りに何を言われようが、娘のためなら耐えられた」。そう語る思いとは-。

TikTok名・リアル14才の母(@gigacoro)には、親子の成長記録のほか、2人のダンス動画が投稿されている。ダンス動画は2人ともメイクやファッションはイマドキで、「どちらが娘か分からん」「2人とも可愛い」と話題になっている。ゆかさんは「娘ですが、妹のようであり、時には友達みたいな関係です。娘のおかげで流行りやおしゃれを一緒に楽しむこともできて、最強のパートナーだと思っています」と話す。ちなみに、アカウント名は、06年に放送されたドラマ「14才の母」から取ったという。

■両親に見つかった時にはもう臨月

今でこそ、SNSで仲良し親子を発信しているが、ここに来るまで大変な道のりだった。妊娠が発覚したのは、13歳。もともと生理不順だったため、3カ月ほど生理が来なくても気付かず。お腹に違和感があり、妊娠検査薬で調べると陽性だった。

当時はネット環境もなく、「どうしよう」という気持ちで、書店で人目を気にしながら一人で調べた。すると、どうやら自分が妊娠5カ月くらいだと分かった。「嬉しい感情になって、お腹を労わりながら帰ったのを覚えています。私の中で、妊娠=出産だったので、絶対に産むと決めていました。朝起きるたびに、時がどんどん過ぎていった感じです」

友人には話したが、両親に相談する考えは全くなかった。「私の反抗期と母の更年期が重なり、イライラする母に相談できる環境ではなかったんです。当時の流行りの制服の着こなし方で、ギリギリまで隠すという甘い考えでした。私も相手も若かったので、事の重大さに無頓着でした」。両親に見つかった時は、既に臨月だった。

■学校とアルバイト、育児をこなす日々

「両親が初めてお腹を見た時の表情は忘れないですね…。すぐに病院で診察してもらい、医師の一言が『いつ産まれるかわかりません』でした」とゆかさん。両親がパニックだった一方で、ゆかさん自身は前向きだった。「ポジティブな性格だったので、最終的には何とかなる!という考えでした(笑)お腹の子に早く会いたかったです」。すぐに入院して一週間後に出産した。

当時の相手とは破局し、未婚シングルマザーに。出産後も中学校に通い、卒業後は実家が理髪店という影響で、美容室でアルバイトをしながら美容専門学校に行き、17歳で免許を取得した。19歳の時には、貯めた資金と両親の援助もあり、当時流行っていたエクステ専門店を開業。借りていた資金は、学費も含めて返済した。

「試験や学生時代と育児アルバイトの掛け持ちで、苦難やメンタルもやられた時期もありました。その間、叔母が娘の面倒を見てくれ、親族が協力してくれました。この時期に支えてくれた人たちのお陰で私と娘の今があります」

■子育てで大事にしたこと

子育てで大事にしたのは、親子のコミュニケーションだ。「怒るのではなく、教える」「同じ目線で考える」「楽しい時間は全力で」と娘が明るく、いつも笑顔でいられる環境を整え、娘の友達も大切にした。目の届く範囲で何かあれば、すぐに気付いてあげられるように意識したという。

「お互い機嫌が悪い時はありますが、けんかもしたことはありません。反抗期もなく、お姉ちゃんみたいに頼りされたり、妹みたいに可愛がったり、本当の姉妹みたいな感じです。遊びや趣味や感覚も年々近づいています」

娘が10歳の時には、ゆかさん自身にも新たな出会いもあり、経営者の夫と28歳で結婚。娘の高校卒業後には、娘の希望でメイド喫茶の経営を二人三脚で行い、ビジネスパートナーとしてコロナ禍も乗り越えた。「約5年間、いろんな苦難も一緒に乗り越えて、親子で良い経験ができました。娘がきっかけで私の知らない世界も知る事もできました」

現在、次のステップにいくため、娘は夫の会社に勤め、ゆかさんは主婦業に戻って娘を見守っている。「家族3人仲良くやっています。いつか娘も素敵な人と出会い、幸せでいてくれる事が私にとって一番の幸せです」

(まいどなニュース・山脇 未菜美)