2022年のクロスオーバーを皮切りに、スポーツ、セダンと続き、シリーズ最後の第4弾としてクラウンエステートが2025年3月に発売された。2025年は、クラウン生誕70周年という記念すべき年でもある。本記事ではシリーズ最終作としてデビューしたクラウンエステートについて、試乗を通じて内装と走行性能を評価した。
■クラウンエステートはSUVにステーションワゴンのテイストをプラスした珍しいモデル
クラウンエステートの外観デザインは、ステーションワゴンとSUVを融合したクロスオーバーモデルである。日本市場におけるステーションワゴンとSUVのクロスオーバーモデルとしては、スバル レガシィアウトバックやレヴォーグ レイバックなどが挙げられる。だが、日産、ホンダ、マツダにはこのカテゴリーのモデルは存在しないため、かなりニッチな存在といえるだろう。
クラウンエステートのアプローチは既存のモデルとは少し異なる。スバルがステーションワゴンをベースにクロスオーバーSUV化しているのに対し、クラウンエステートはSUVをベースにステーションワゴンのテイストを加えたクロスオーバーモデルなのだ。このようなデザイン手法を用いた車は、世界的にも前例がない。
クラウンエステートの大きな特徴は、長いルーフを持つサイドビューにある。そのため、あえて例を挙げるなら、マツダCX-80やBMW X7のような3列シートSUVに近いシルエットだ。しかし、クラウンエステートは2列シート車である。筆者としては、せっかくならホイールベースを伸ばして3列シートにしても良さそうだと感じた。
■クラウンエステートは洗練されたスタイリングが魅力
クラウンエステートのデザインは、クラウンシリーズの中でも派手すぎず地味すぎない、洗練された大人の高級感を醸し出している。
特にサイドビューは秀逸だ。車両の前後を貫くシャープなショルダーラインは、フロントフード上のキャラクターラインとシームレスにつながるデザインを実現。クラウンスポーツと同様に、リアフェンダーが力強く盛り上がっており、後輪駆動車のようなスポーティさを感じさせる。
フロントフェイスの統一感も、クラウンシリーズの中で最も洗練されているように見える。グリルはバンパー一体型でボディと同色化され、メッキ加飾などを一切使わず、造形の美しさだけでシンプルさを表現している。これは、デザインに対する揺るぎない自信の表れだろう。
完成度の高いエクステリアデザインに対し、インテリアデザインはシリーズ共通の「アイランドアーキテクチャー」を採用している。各モデルで色味やマテリアルが若干異なるものの、クラウンエステートならではの専用デザインがもう少し欲しいとも感じる。
■車中泊も楽々!?クラウンエステートの荷室は最長2m
クラウンエステートで特に驚かされたのが、荷室の広さと使い勝手の良さだ。ステーションワゴンとSUVのクロスオーバーモデルであることから、荷室へのこだわりが随所に感じられる。
荷室容量は通常時でも570L、リアシートを格納すると1470Lもの大容量スペースが出現する。特筆すべきは、リアシートを前方に倒した際に完全なフルフラットになる点だ。最近のモデルには、わずかに角度がついて「ほぼフルフラット」というタイプが多い中、クラウンエステートはまさに完全なフラット空間を実現している。
この完全フルフラットスペースを最大限に活用できるのが、トヨタ車初採用の「ラゲージルーム拡張ボード」だ。これは前席との隙間を埋めるボードで、これによりフラットな荷室がさらに奥まで使えるようになる。この時の長さは2mにも達するため、長尺物の積載はもちろん、車中泊にも非常に便利だ。
通常、車中泊時には、シートを倒した際の隙間や段差を埋めるためにマットレスなどを加工する工夫が必要になることが多い。しかし、クラウンエステートであれば、リアシートを倒すだけで手軽に車中泊可能なスペースが生まれるのである。
さらに、小物類への配慮も見られる。ラゲッジの開口部後端には、引き出し式の「デッキチェア」が設定されている。これはクッションを引き出すタイプの椅子で、「ないよりはあった方が便利」という印象を受けた。
同様に、「デッキテーブル」という、デッキサイドカバーを兼ねる脱着可能な折りたたみ式テーブルも用意されている。フルフラット時に荷室でくつろぎながら飲み物や食べ物など、ちょっとした小物を置くのに便利だ。キャンプなど、アウトドアシーンで様々な使い方ができるツールとなるだろう。
なお、デッキチェアとデッキテーブルはRSグレードに標準装備、Zグレードは販売店オプションとなっている。
■災害時にも頼りになるアクセサリーコンセントを標準装備
トヨタのハイブリッド車やPHEVに設定されている特別な機能に、アクセサリーコンセント(AC100V・1500W/非常時給電システム付)がある。他のモデルではオプションとなるケースが多い中、クラウンエステートには標準装備された。
アクセサリーコンセントは、車が電源となる非常に便利な装備である。キャンプなどのアウトドアシーンでは、家電製品を最大1500Wまで使用可能だ。炊飯器やホットプレート、ドライヤー、テレビ、電灯など、様々な電化製品が利用できる。
さらに、災害などによる停電時にもこの機能は役立つ。車から電力を取り出せるため、スマートフォンの充電はもちろん、冬場なら電気ストーブや電気毛布、夏場なら冷風機も使える。炊飯器や電子レンジ、電気ケトルなども使用可能となり、停電時の不便さを大きく軽減してくれるだろう。これは、ハイブリッド車やPHEVならではの強みといえる。
■クラウンエステートの室内は広くて快適
クラウンエステートの後席には十分なスペースがあり、足を組んでもまだ余裕があるほどだ。クラウンシリーズの中で最も全高が高いため、頭上スペースも十分に確保されており、開放感のある空間が広がる。リアシート左右にはシートヒーターが標準装備されており、ゆったりと快適でリラックスした移動を可能にしている。
後席の乗り心地は非常に快適で、ややフワッとした乗り味はまるで滑るように走行する感覚をもたらす。静粛性も高いため、高速道路などでは眠気が増すほどだ。また、前席にはシートベンチレーションが標準装備されている。試乗日は雨だったが、雨に濡れて湿っぽい服でもべたつくことなく快適に移動できた。この機能は梅雨の時期や夏場に大いに活躍するだろう。
■PHEVのモーターを流用しパワーアップしたハイブリッド車
今回は、2.5LハイブリッドのZグレードを試乗した。このハイブリッドシステムは、クラウンクロスオーバーやクラウンスポーツに搭載されているものとは異なる。
クラウンエステートのシステム最高出力は243psと、クロスオーバーやスポーツの234psからわずか9ps向上している。このわずかなパワーアップのために、クラウンエステートにはPHEV用の高出力5NM型モーターが採用された。
このパワーアップが必要だった理由は、クラウンエステートがクロスオーバーやスポーツよりも大きく重いことにある。クラウンらしい走りを維持するために、あえてPHEV用モーターを採用したのだ。より良い車を造り上げるという、トヨタの強いこだわりを感じさせる。
クラウンエステートは、クロスオーバーに比べて車重が130kgも重い。しかし、こうしたこだわりの結果、クロスオーバーと遜色ない走りを披露する。試乗場所が異なるため一概には言えないが、クロスオーバーよりもクラウンエステートの方がモーターで走行するシーンが多く、よりモーターのトルクを感じる走りであった。
「さすがトヨタのハイブリッド」と感じさせられたのは、エンジンが始動したことすら気づかないほどの静かさと振動のなさだ。洗練さという面でも群を抜いている。強いて言えば、エンジンがレブリミットぎりぎりまで回るような状況で、わずかにエンジンの存在感が増す程度だった。
■ちょっとフワッとした乗り心地と、抜群の直進安定性
クラウンエステートのハンドリングは非常に自然だ。ホイールベースを短縮したクラウンスポーツほどのシャープさはないものの、ステアリング操作に対して素直に反応する。そのため、多くの人が違和感なく安心して運転できるだろう。
クラウンの名を冠する影響からか、クラウンエステートの乗り心地はややフワフワとした印象を受ける。路面の凹凸による縦揺れを一度で収束させる、いわゆるドイツ車的な乗り味とは異なる。大きな縦揺れは「イチ、ニー、サン」という感覚で収まるイメージだ。
路面状況が良い場所では、この特性が快適性に繋がる。しかし、大きな路面の凹凸が連続し、さらにうねりも加わるような場面では、縦揺れが収まりにくい傾向が見られた。もう少し早く縦揺れが収束すると、より快適だと感じた。だが、基本的に乗り心地を重視した設定であることを考えれば、やむを得ない点ともいえる。
こうした乗り心地とハンドリングの特性が最も活きるのは、高速道路でのクルージングである。直進安定性が非常に高く、安心して走行できる点は特筆すべきだ。修正舵の必要性が少ないため、ドライバーはストレスから解放され、運転が格段に楽になる。
直進安定性が芳しくないモデルの場合、全車速追従式クルーズコントロールとレーントレーシングアシスト機能を使っていても、車線内を左右に細かく蛇行するように走行することがある。しかし、クラウンエステートは車両そのものの直進安定性が高いため、レーントレーシングアシストが介入してくることが非常に少ない点に驚かされた。
このように、移動の快適性能を徹底的に磨き上げたクラウンエステートは、まさにグランドツアラー的なモデルであると実感できた。
■クラウンエステートのEV航続距離は89kmと十分!
次に試乗したのは、PHEVのRSグレードだ。このモデルは2.5LのPHEVシステムを搭載し、システム最高出力は306psと非常にパワフルな仕様となっている。クラウンスポーツのRSグレードと同じシステムが使われているのだ。
PHEVは、自宅のコンセントなど外部からの電力で車載の駆動用バッテリーを充電し、この電力を利用して通常時はEV(電気自動車)として走行する。充電電力使用時の走行距離は89km(WLTCモード)だ。
89kmと聞くと短く感じるかもしれないが、日々の通勤や送迎、買い物といった用途であれば十分な航続距離といえる。このような使い方がメインであれば、ほぼガソリンを使わない生活が可能となる。ガソリンよりも安価な電力で走行できるため、経済性も高い。ただし、ハイブリッド車と比較して車両価格がかなり高額になる点が、悩ましいポイントとなるだろう。
■かっこいいレッドの対向6ピストンキャリパー
クラウンエステートRSの走りは、まさにEVに近い感覚である。アクセルを踏み込んだ瞬間からモーターのトルクが一瞬で立ち上がり、力強く車体を押し出す。さらに深くアクセルを踏み込めば、後輪側のモーターが後方から車体を押し出すような感覚がもたらされる。後輪駆動車のようなフィーリングを味わえるのだ。カーブでも後輪側のモーターが積極的に介入することで、より軽快かつ気持ち良く曲がることができる。きっと運転がさらに楽しくなるだろう。
PHEVモデルは、大きく重いリチウムイオンバッテリーを床下に配置しているため、車体の重心高がハイブリッド車よりも低い。これにより、カーブでの操縦安定性はハイブリッド車を上回り、路面に吸い付くような安定した姿勢で走り抜けていく。サスペンションもハイブリッド車よりやや硬めに設定されており、カーブではよりフラットな姿勢を保つため、スポーティな印象が強まっている。
クラウンエステートのキャラクターとは異なるかもしれないが、フロントホイールの隙間から圧倒的な存在感を放つレッド塗装の20インチ対向6ピストンアルミキャリパーはスポーティな外観が非常に魅力的だ。
■走りに使い勝手にと、大活躍するDRS
クラウンエステートのハイブリッドZとPHEVのRSグレードに共通する機能が、後輪操舵システムであるDRS(ダイナミック・リア・ステアリング)だ。車速に応じて後輪の向きを前輪と逆方向、または同じ方向に制御してくれる。
低・中速域では、後輪が前輪と反対方向に操舵される。そのため、タイトな山道ではより軽快なハンドリングを実現し、狭い駐車場での取り回しや狭い路地でのUターンが容易になる。このDRS機能により、クラウンエステートの最小回転半径は5.5mを達成。全長4930mmという大柄なボディからは想像できないほどの小回り性能を誇る。Uターン時には切り返しなしで曲がれることに驚くだろう。
高速域では、後輪が前輪と同じ方向に操舵されることで車両安定性が高まる。グランドツアラーとしてのキャラクターを持つクラウンエステートのために、どっしりとした高速クルージングに適した制御が施されているのだ。
■ロングドライブ派の最強パートナー、クラウンエステート
グランドツアラーとしてのキャラクターを確立したクラウンエステート。その完成度は非常に高く、長距離運転も苦にならない。むしろ、クラウンエステートでどんどん遠くへ行きたくなるようなモデルに仕上がっている。特にロングドライブを好むアウトドア派ユーザーには、最高の車となるだろう。
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◆大岡 智彦(クルマ評論家・CORISM代表)自動車専門誌の編集長を経験後、ウェブの世界へ。新車&中古車購入テクニックから、試乗レポートが得意技。さらに、ドレスアップ関連まで幅広くこなす。最近では、ゴルフにハマルがスコアより道具。中古ゴルフショップ巡りが趣味。日本カー・オブ・ザ・イヤー実行委員。
(まいどなニュース/norico)