神戸市西区櫨谷(はせたに)に、築120年、敷地面積約500坪の日本家屋の屋敷がある。ここで、古民家という「過去」の象徴に、スペインのパエリアとフィンランドのサウナという「現代」の異文化を繋ぐ「組紐KOBE」を営む植月孝明さん。
失礼ながら「いったい何屋さんですか?」と訊いてしまったほどのミスマッチだが、植月さんの中ではすべてひとつに繋がったコンセプトが組紐KOBEの名称に込められている。この組紐KOBEとはどのような空間なのか、植月さんに伺った。
■スペインの国際コンクールにも出場したオーナーがつくる元祖パエリア
「もともとは、明石で産婦人科医をしていた義理の祖父が所有していた家です。その家を守るためにここでお店をやりたいと考えたときに浮かんだのが、パエリアとサウナだったのです」
最大の疑問は、なぜパエリアとサウナなのか。それは「両方とも植月さんが好きなもの」ということに尽きる。「好きなものをお客さんに提供して、喜んでほしい」という想いで始めたという。特にパエリアは6年前の2019年、スペインで毎年開催されるパエリア国際コンクールに出場。入賞は叶わなかったが、本場のパエリアを知ってからは料理の概念が変わり、2023年には東京にあるレストラン「anocado restaurante」のシェフ・結城優氏のもとで修業した。
植月さんがつくるパエリアは、日本で一般的に認識されているムール貝やエビを使ったものではない。鶏肉、ウサギ肉、モロッコインゲン、白花豆を必ず入れて、パプリカパウダー、ニンニク、トマト、塩で味付けをする。これがバレンシア地方に伝わる伝統的な調理法でつくる、元祖パエリア「パエリア・バレンシアーナ」なのだそうだ。
「ソカラ(鍋の底に貼りつく『おこげ』)を忘れてはいけません。ここに旨味と油が凝縮しています。パエリア・バレンシアーナは、ソカラを付けないとパエリアとは認められないのです」
ベースとなるスープをつくるだけでも2時間はかかるといい、そこへ米を加えてソカラがほどよくできるように仕上げるには片時も集中力を切らせないという。
味は、素材の旨味が引き出されていて、米も硬すぎず柔らかすぎない程よい食感と相まって、ヘタな食レポは要らない。「おいしい」という言葉しか出なかった。
また、櫨谷地区は、水に恵まれた地としても知られている。パエリアに限らず他の料理でも、良質な水で育まれた米を、今も現役の「おくどさん(かまど)」で炊き上げる。屋敷を片付けていたときに発見したという100年前の薪を割り、放置竹林から集めてきた小枝で火を起こすところから、植月さんの「おもてなし」は始まっている。
■「熱すぎない」摂氏75度のサウナで体験する「ととのい」のサイクル
もうひとつ、植月さんが好きなものである「サウナ」は、摂氏75~80度で、一般的なサウナと比べると低めの温度に設定されている。もともとは納屋だったスペースを改装したそうだ。適度に熱くフレッシュな空気と湿度たっぷりの空間で、常に蒸気が出ている鉄瓶に、屋敷の庭で採れたヨモギやロウリュを投入する。ハーブの香りと共にいったん天井まで上がった蒸気が、熱気と香りを伴ってサーッと降りてくるのが分かる。
「もう出たいと思ったところから、さらに5つ数えて出てください」と言われた。それが実はちょうど良いタイミングなのだという。水風呂で体を冷やして、アウトドア用のリクライニングチェアに横たわり、よく手入れされた庭園を眺めながらしばし休憩。このサイクルを最低3回繰り返すと、いわゆる「ととのう」のだそうだ。
500坪の中に、建屋がいくつかある。「母屋の周囲に増築されていますが、すべて通路で繋がっていますから1棟にカウントしています」とのこと。ちなみに部屋数は寝室×4、応接間×1、いちばん広い部屋で10畳の広さがあるとのことで、泊まることもできる。
部屋の準備、パエリアの調理、サウナの仕込み、その他の雑事諸々を植月さんが1人で行うため、客の受け入れは1日1組に限られる。
■古民家・異文化・人の縁を繋ぐ「組紐KOBE」に込められた想い
ところで、なぜ「組紐KOBE」なのだろうか。神戸市内だから「KOBE」は分かる。「組紐」に込められた意味を尋ねた。
「施設の運営構想を練りながら庭を眺めていたある日、ふと視界に入ったのが、もともと屋敷にあった組紐でした。組紐には『縁が結ばれたり、交差したりする』という意味があります。パエリアもサウナも、すべて人との出会いと縁によって教わり、その延長に今がある、自分自身の人生と深く結びついているのです」
この場所で、いろいろな人の縁が結ばれる。そして今後も、いろいろな人に縁を結んでほしいとの願いを込めて『組紐KOBE』と名付けたのだという。ここは単なる癒しと宿泊の施設ではなく、人々の縁を紡ぐ場所でもあるのだ。
植月さんは「昔から、人から人へ伝わってきたものがいちばん大切」という人生哲学をもっている。築120年の古民家という「過去」の象徴に、サウナやパエリアといった「現代」の異文化を繋ぐ組紐KOBE。そこには「伝統を未来へ、人から人へ結びつけていきたい」という、植月さんの願いが込められている。
(まいどなニュース特約・平藤 清刀)

























