都内でサラリーマンとして働くAさん(30代)は、深夜までの残業を終えてヘトヘトになりながら家路を歩きます。仕事が忙しく晩御飯を食べられず空腹だったため、家の近くのコンビニエンスストアに立ち寄ることにしました。
お弁当と飲み物を手に取ったAさんは、レジに向かうと外国人のスタッフが対応してくれました。彼は日本語をうまく話せないなりに、懸命に接客をしてくれています。商品代金を支払い、お釣りを受け取ったAさんは、財布にお金をしまいながら店を出ようとしましたが、途中でふと立ち止まります。
なんとレジスタッフから受け取ったお釣りが千円多いのです。Aさんは「ラッキー!」と思う一方、これはすぐ返すべきだと少しだけ悩むのでした。そこでふと、このまま知らないふりをしてお店を出たら罪になるのだろうかとも考え始めます。
実際に、多く受け取ったお釣りについて、気づかずに受け取った場合と、気づいていながら黙って受け取った場合で、罪に問われる可能性はどのように違うのでしょうか。弁護士の三浦綾子さんに話を聞きました。
■最善の対応は「気づいた時点で速やかに返金する」こと
ーお釣りを多く受け取ってしまうのは、(1)気づかずにそのまま受け取ったケース、(2)気づいていながら黙って受け取ったケースが考えられます。違いはどこにあるのでしょうか。
お店側のミスによってお釣りを多く受け取ってしまった場合、客側が次の3点にどのように該当するかで、罪に問われる可能性が変わります。
①気づいたかどうか
②いつの時点で気づいたか
③気づいたときに客側がどのように対応したか
これに従って考えると、(1)気づかずにそのまま受け取ったケースは罪に問われませんが、(2)気づいていながら黙って受け取ったケースの場合は、罪に問われる可能性があります。また、(1)のケースであっても、後からどこかのタイミングで気づいた場合、その後の対応次第で罪に問われる可能性があります。
-具体的にどのような罪ですか?
(2)の場合に成立し得るのは詐欺罪(刑法246条)です。詐欺罪が成立するためには、「欺く(だます)行為」が必要です。そう言われても、ミスをしたのは店員なのに、なぜお釣りを受け取っただけの客側が罪に問われるのか、と疑問に思われる方も少なくないでしょう。
実は、刑法上の犯罪では「やるべきことをしなかっただけ」でも罪に問われる場合があるのです。つまり、「多い」と認識しながら受け取った場合、告知義務に反した不作為が問題となり、詐欺罪が成立し得るということです。
また、(1)の場合であっても、店を出るまでに「あれ?」と気付き、そのまま店を出たときには、告知義務に反した行為として詐欺罪が成立する可能性があります。
一方、家に帰ってから気づいた場合は、すでに店を離れているので詐欺罪は成立しませんが、占有離脱物横領罪(刑法254条)に該当することがあります。この場合の法定刑は「1年以下の懲役、または10万円以下の罰金」となります。
-弁護士として、この種のトラブルの相談は日常的に多いのでしょうか?
店員が気づいて返金を求めたにもかかわらず、客が知らんぷりをしたり、返金を拒んだりしてトラブルに発展することは、日常的に考えられます。しかし実際の現場では、こうした場合の金額が必ずしも大きいわけではないことや、店側の毅然とした対応、警察の介入などにより解決することも多いと思われ、弁護士が関わる事態にまで至るケースは少ないです。
釣銭とよく似たトラブルの状況で弁護士が関わるケースでは「誤振込」がありますね。金額が大きいため使い込むと返済できず、刑事事件に発展した例もありました。
-万が一、お釣りを多く受け取ってしまった場合、どう対応すべきですか。
できる限り早く店側に伝えて返金しましょう。気づいたその場で申し出るのが最善です。持ち帰ってから気づいた場合でも返金義務は生じるので、翌日以降であっても、店に連絡して返金すれば罪に問われるリスクを回避できます。どんな場合でも「遅すぎる」ということはありませんよ。いずれにせよ、共通する対応としては「気づいた時点で速やかに返すこと」です。これが、日頃からトラブルに巻き込まれないコツです。
◆三浦綾子(みうら・あやこ)弁護士
大阪弁護士会所属。塩野三浦法律事務所パートナー弁護士。大阪大学大学院高等司法研究科(法科大学院)客員教授。一般民事、家事、企業法務、倒産、医療過誤等の事件を中心に取り扱っている。
(まいどなニュース特約・長澤 芳子)

























