認知症で一人暮らしは危険…けど成年後見制度は難しい ※画像はイメージです(happy Wu/stock.adobe.com)
認知症で一人暮らしは危険…けど成年後見制度は難しい ※画像はイメージです(happy Wu/stock.adobe.com)

40代の会社員・Aさんは、地方で一人暮らしをする70代の母親の物忘れが最近気がかりでした。電話での会話が噛み合わないことが増え、認知症かもしれないという不安が胸に広がります。

その不安は、帰省した際に衝撃的な現実となりました。実家のリビングに見慣れない巨大な健康器具が鎮座していたのです。母親を問い詰めると、訪問販売で契約したようですが、本人は購入時の記憶が曖昧でした。隅に置かれた契約書には30万円という金額が記されており、Aさんは血の気が引きました。

このままでは母の財産が危ないと危機感を抱き、Aさんは「成年後見制度」の利用を考え始めます。しかし調べてみると、手続きは複雑で、専門家への報酬も必要です。何より、一度始めると母親が亡くなるまで原則やめられないという事実に驚きました。

母親を詐欺から守りたいだけなのに、財産の自由を奪ってしまうことになるのでしょうか。北摂みらい司法書士事務所の光田正子さんに話を聞きました。

■本人が不利な契約をした場合、後から取り消すことができます

ー「物忘れがひどい」「認知症気味」という段階で、成年後見の申立ては可能ですか

「物忘れがひどい」「認知症気味」といったご家族の感覚だけですぐに申立てができるわけではありませんが、申立てを検討する重要なきっかけとはなるでしょう。

成年後見制度を利用できるのは、精神上の障害(認知症、知的障害、精神障害など)により、ご本人の判断能力(法律用語で「事理を弁識する能力」といいます)が不十分な状況にある場合です。

申立てが可能かどうかを判断する上で最も重要なのが、医師の診断書です。まずは、かかりつけ医や物忘れ外来などの専門医にご相談ください。その上で、家庭裁判所に提出するための専用の書式の診断書を作成してもらう必要があります。この診断書で、医師がご本人の判断能力の程度を医学的に証明します。

ー成年後見制度を利用するメリットは何ですか

最大のメリットは、法的な権限をもってご本人の大切な財産と生活を守れる点です。認知症などにより判断能力が不十分になると、悪質な訪問販売のターゲットにされたり、不要な高額契約を結んでしまったりする危険性が高まります。

後見人が選任されると、本人が不利な契約をしてしまった場合でも、後からそれを取り消すことができます。また、預貯金の管理や不動産の処分、年金の受領といった財産管理を後見人が代行するため、財産の散逸を防ぎ、ご本人の生活のために計画的に使うことが可能になります。

さらに、介護サービスの契約や施設入所の手続きなども後見人が行い、ご本人が安心して暮らせる環境を法的に整えることができるのです。

ー注意すべき点はありますか

成年後見制度には慎重に検討すべき注意点も存在します。まず、後見人は家庭裁判所が選任するため、ご家族が候補者であっても、司法書士や弁護士などの専門家が選ばれる場合があります。その場合、ご本人の財産から専門家への報酬が継続的に発生します。

また、この制度は一度開始すると、ご本人の判断能力が回復しない限り、亡くなるまで原則としてやめることはできません。後見人が財産を管理するため、ご本人の利益にならない支出は認められず、たとえ家族であっても自由に財産を使うことはできなくなります。

こうした制約もあるため、申立ての前には専門家と十分に相談し、ご本人にとって本当に最善の方法なのかを慎重に見極めることが、より一層重要になるのです。

◆光田正子(みつだ・まさこ)/司法書士
平成24年4月司法書士登録、平成28年に独立・開業。「きちんと理解・納得して手続きを進めてもらう」ことを目指して、時間がかかっても丁寧に説明することを心掛けている。私生活では思春期の娘二人がおり幼少期とは違う種類の悩みの子育て真っ最中。

(まいどなニュース特約・長澤 芳子)