近年、動物病院の治療費の高騰が止まらない--そんな声を、飼い主さんからも、同業の獣医師からも、よく耳にするようになりました。
都会の動物病院で院長をしている友人が、こんな話をしてくれました。長い闘病の末に犬や猫を看取った飼い主さんから、「先生、本当にありがとうございました。でも、今後はもう飼いません。こんなにお金がかかるなら、もう無理です。」と言われることがあるのだそうです。
私は田舎の動物病院に勤めているので、ここまで切実な声を聞く機会は多くありませんが、それでも、動物医療費がここ数年で大きく上がっているのは事実だと感じています。
なぜここまで高くなったのでしょうか。ひとつの理由は、物価高や働き方改革の影響で、人件費や材料費が確実に上がっていることです。ひと昔前の動物病院は、夜間手術があっても残業代が出ないなど、今思えばかなり無理のある労働環境の上に成り立っていました。そうした“ブラックな前提”が是正された結果、診療費が上がるのは、ある意味で自然な流れでもあります。
さらに近年、「専門医」や「専門病院」が増えたことも影響しているでしょう。私自身も獣医循環器専門医ですが、専門を名乗るからといって特別に高い診療費を設定しているわけではありません。しかし、世の中には「専門的な知識にはそれに見合う報酬を」という考え方で、高額な診療費を設定している病院もありますね。
専門医でない獣医師は技術が低いのか?というと、…もちろんそんなことはありません。一般の獣医師は、人間でいうところの総合診療医の役割を担っており、全身を総合的に診なければなりません。病気というのは、心臓だけ、腎臓だけと一部分だけが悪くなることは少なく、身体全体のバランスを見ないと本当の原因が見えてこないケースも多いのです。もちろん必要な場面で専門医に頼るのは良いことなのですが、ただ、そのたびに診療費が跳ね上がってしまうと、飼い主さんの負担はどんどん大きくなってしまいます。
先日、猫を飼っている知人が都会のちょっと大きな動物病院で飼っている猫の診察をしてもらったときのこと。担当獣医師に「この子も高齢だし、いま心臓の専門医が来ているので診察してもらいますか?」と言われてそれならばと診察を受けたそうです。その専門医は「〇〇ちゃん、17歳には見えない!めっちゃ若いね!」とお話されてエコーを当て、およそ1分で「はい、異常なし」と診療終了。後で料金を確認したら3万円だったそうです。事前に料金のお話がなかったことも問題ですが、すごい料金を取るのだなーと驚きました。
そもそも動物病院はいわゆる自由診療で、価格設定は各病院が独自に自由に決めてよいことになっています。一方、日本の人間の医療は国民皆保険制度で、私たちが病院にかかったときに支払う料金は、本来支払うべき料金の1割~3割程度に抑えられています(年齢などによって負担の割合が異なります)。逆に言えば、私たちが窓口で支払っている金額の何倍かが、その医療行為の”本来の価格”ということになります。そして動物病院では、人の医療と同じような検査や画像診断、処置をしていても、それを“定価”でそのまま請求すると、どうしても一般の感覚としては「高すぎる」と感じてしまうのだと思います。そう考えると、今は、手軽に動物を飼えない時代になってきたと感じています。
さらに、インターネットの普及で「治療を受けさせないと虐待」といわれたり、あまりにも飼い主にあれこれやることを指示する情報が出回っています。肛門腺を定期的に絞って、ブラッシングを週1回して毎日歯磨きをするなど…そういったことも飼い主さんの負担になっているのではないかと思います。
歯磨きに関しては、ブラシを口に入れられることを頑なに嫌がる猫に歯磨きをすることこそ虐待ですし、だからといってサプリを使うことにも、私はその効果や添加物などを食べてしまうことに懸念があります。頑張って歯磨きをされている猫ほど、その行為で歯周病になっていることも少なくありません(力任せに歯茎を擦るとその刺激で歯周組織が壊れてしまいます)。家族なんだからこそ、もっと肩の力を抜いて寄り添うような飼い方じゃあダメですか?
当院はオンラインでセカンドオピニオンとしてのお仕事も承っていますが、先日、立て続けにおふたりから同じ相談を受けました。飼っておられる動物がリンパ腫と診断を受け、「リンパ腫なのでCT・MRI検査を受けてください」と言われたのです。「FNA(疑わしい場所の組織を注射針で吸引して少しだけ細胞を取り出し顕微鏡で観察して診断すること)ですでにリンパ腫との診断を受けているのに、更にCT・MRIの検査をしなければなりませんか?」という内容でした。
その動物はすでに病気で弱っており、高齢で小さな体です。そこに麻酔をかけ、高額な検査を受けさせる意味が本当にあるのか--私は、おふたりの疑問はもっともだと思いました。
どうしたらその動物の負担と、飼い主さんの金銭的な負担を減らしつつ、なるべく効率的な診断と治療ができるのか。そこを考えて提案するのが、動物のお医者さん本来のお仕事ではないかと私は思っています。もちろん、いろいろ検査して完璧な診断と治療をしたい、という方もいらっしゃいます。その選択を否定するつもりはありません。ただ、「このような選択もありますよ」と、検査と治療の段階を飼い主さんと相談しながら提示する姿勢があっても良いのではないでしょうか。
そうでないと、高額な動物の医療費で動物を飼う人が減り、結果として動物病院の経営自体もますます厳しくなっていきます。それは結局、自分で自分の首を絞めることにもつながってしまいます。動物のためにも、飼い主さんのためにも、そして動物医療の未来のためにも、こうあるべきと言うまっとうな、正統な診断治療とは別に、飼い主さんの事情やお気持ちを汲んで、それにできるだけ寄り添った診断治療をさせていただきたいと思っております。
◆小宮 みぎわ 獣医師/滋賀県近江八幡市「キャットクリニック ~犬も診ます~」代表。2003年より動物病院勤務。治療が困難な病気、慢性の病気などに対して、漢方治療や分子栄養学を取り入れた治療が有効な症例を経験し、これらの治療を積極的に行うため2019年4月に開院。慢性病のひとつである循環器病に関して、学会認定医を取得。























