あなたの家族に、日常生活のあらゆる場面で「危ない」「気をつけて」と繰り返す心配性の人はいませんか?火の元や戸締まりはもちろん、通勤通学の行き帰り、家電の使い方、果ては自転車や自家用車の乗り方、少しでも不安を覚えると落ち着かず、何度も確認せずにはいられません。
家族を守りたい一心でも、度を越した心配は、周囲の行動を制限し、日常の自由や選択肢を狭めてしまうことがあります。安全意識が高いことは決して悪いことではありませんが、その裏に潜む過剰な不安は、いつの間にか家庭の空気を重くすることもあります。安心と縛りの境界はどこにあるのでしょうか。
■引っ越し初日、キッチンのガスコンロを前に夫が発した「危険宣言」
Aさん一家が引っ越したのは、つい先月のことです。キッチンには三口のガスコンロが据え付けられ、料理好きのAさんは「これで調理の幅が広がる」と心待ちにしていました。しかし期待は、引っ越し初日から大きく裏切られることになります。
荷ほどきが終わらないうちに、夫が家電量販店の大きな箱を抱えて帰宅しました。中には、二口の卓上IHコンロが入っていました。「ガスは火事になりやすいから危険だ。今日からこれを使ってほしい」と、夫は真剣な表情で告げました。
Aさんは驚きました。確かに、過去にガスコンロで味噌汁を弱火で温めていたのをうっかり忘れて沸騰させた挙句、鍋底を空焚きにし焦がしてしまったことはありました。しかし、火が上がったわけでもなく、換気扇が煙を吸った程度で、火事には至っていません。その後はIHコンロが据え付けられた家に住んでいたのですが、それでも夫は「あれは紙一重だった」「次は本当に危ないかもしれない」と、今でも思い出すたびに言うのです。
今回の新居の据え付けのガスコンロはほぼ封印され、後付けのIHコンロがキッチンの調理スペースに置かれることになったのです。
■IH生活に潜む「地味に不便」の積み重ね
夫が買ってきた後付けIHコンロは相当な電力を使うため、電子レンジや炊飯器を同時に使用すると、すぐにブレーカーが落ちます。また調理スペースを占拠しているのも地味にストレスを感じています。
IHは安全な面がありますが、料理好きなAさんにとって、火力調節が難しく、ストレスは小さくありませんでした。それでも夫は「安全だから問題ない」と意に介しませんでした。
Aさんは夫が在宅中はキッチンに立たないようにして、こっそりガスコンロを使っていたのですが、Aさんがガスコンロを使ったことを知ると、夫からは「火はちゃんと消した?」「できればコンロは使わないで」と、数分おきに確認の声が飛んできます。
火を使うたびに背後から監視されているような感覚が続き、結局後付けのIHコンロは使いにくく邪魔ということで、1カ月後には完全に据え付けのガスコンロに戻しました。夫は不満げに「危ない」と繰り返し、妙な空気が残ったままでした。
■運転禁止令から始まった「移動の封印」
過剰な安全志向は、キッチンだけにとどまりませんでした。
Aさんは大学時代に運転免許を取得しています。しかし、実家では「危ない」と両親に止められ、結婚後は夫から「事故を起こしたら大変だ」と言われ続け、運転から遠ざかってきました。免許取得後、ほとんど道路に出た経験がないまま年月が過ぎ、完全なペーパードライバーです。当然、無事故無違反です。夫は「絶対に運転させない」という姿勢を貫いています。
当然のようにAさんの家庭には車がありません。買い物や外出は、徒歩か自転車、あるいはタクシーです。重い荷物を抱えて歩いたり、自転車の荷台に載せる量には限りがあったり、Aさんは「こんな時、車だったら」と思いながらも、夫の強い反対に押されて希望をのみ込んできました。
レンタカーの提案すら「もし事故が起きたら責任が重すぎる」と退けられ、Aさんの運転生活は学生時代に止まったままです。
■自転車も禁止、徒歩移動の限界と広がる生活の圧迫
最近になって、自転車も壊れてしまったので、Aさんはシェアサイクルを利用するようになりました。ところが、夫はこれにも反対しました。「電動自転車は重いし、スピードが出て危ない」「車と接触したら命に関わる」と言い、あらゆる角度から危険性を指摘してきたのです。
その結果、Aさんの移動手段はほぼ徒歩と公共交通機関に限定されました。買い物袋が重い日や、悪天候の日には不便を痛感しましたが、夫の反対を押し切る気力も次第に失われていきました。
夫としては、Aさんを守りたい一心なのでしょう。しかしAさんからすると、選択肢がどんどん奪われていく窮屈さだけが増していく日々でした。
■「危ないから」の裏にある、夫の不安と妻の疲労
Aさんは夫に悪意がないことを理解しています。夫は本気で「最悪の事態」を想像し、その不安を抑えるために行動しています。しかし、その不安が家族の行動を制限しすぎると、守られる側の自由や自尊心を削ってしまいます。
安全意識の高さは、時に過剰な保護へと変わります。Aさんの生活は、「便利かどうか」ではなく「夫が安心するかどうか」が基準になりつつあり、日常は静かに窮屈さを増していました。
絶対に安全な世界は存在しません。だからこそ、必要なのは適度な警戒心と、家族への信頼のバランスです。安心を願う気持ちが、誰かの自由を奪わないように。その線引きを改めて考える必要があるのかもしれません。
(まいどなニュース特約・松波 穂乃圭)























