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中野等著「黒田孝高」
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中野等著「黒田孝高」

 希代の軍師、兵庫県姫路出身の黒田官兵衛の実像に迫る「黒田孝高(よしたか)」(吉川弘文館)が出版された。伝記シリーズとして定評のある「人物叢書(そうしょ)」の新刊。兵庫・播磨出身の記者が書評で紹介する。

 黒田孝高(よしたか)と聞いて「おっ」と思われた人は、それなりの歴史好き(戦国時代ファン)とお見受けする。一般には、通称の黒田官兵衛または如水(じょすい)の名で知られている人物である。NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」をご記憶の方は、羽柴(豊臣)秀吉を天下人に押し上げた希代の軍師、智謀の武将-といったイメージをお持ちではないだろうか。しかし、本書の冒頭で著者は断言する。「このような評価は必ずしも学術的な裏づけをもつものではない」

 孝高の事績は黒田家の正史「黒田家譜」などによるが、家譜とて彼の死後70、80年を経て編まれたもの。不都合な真実は除かれ、理想化されている可能性があろう。そこで、中近世の移行期を研究する著者の登場である。孝高存命中(1546~1604年)の史料を検証し、虚実こもごもに語られてきた彼の実像に迫っていく。

 例えば、現在の兵庫県伊丹市にあった摂津有岡城での幽閉。歩行が困難になるほどの厳しい環境を耐え抜いた-と、不屈の精神を伝えるエピソードとして有名だ。ところが著者は史料を突き合わせ、捕われたことは史実としながらも「劣悪な環境にいたとは考えにくい」と指摘。官兵衛ファンおなじみのドラマに疑問を投げかける。と、紹介すると身もふたもない学術書のようだが、まずは本書を一読してから、ご判断いただきたい。

 本能寺の変を経て、秀吉の命を受けた孝高は毛利家と領地の「境界画定交渉」を行う。史料に残る政治的な駆け引きも興味深いが、何より誠実に粘り強く交渉に臨む人物像が浮かび上がってくる。こうして敵方だった毛利家から公私にわたり信頼を得ていく。一方、秀吉のワンマンな要求に応えようと現場調整に汗をかいては板挟みになり、成果がないと秀吉から叱責(しっせき)される姿はやるせない。

 史料に刻まれていたのは深謀をめぐらし、冷徹な判断を下す腹の読めない軍師の姿ではない。秀吉の部下として、黒田家のトップとして、周囲に配慮し苦労の絶えない実直な姿。趣味にも信仰にも真剣だった。そんな人となりを示す史料も紹介されている。天正14(1586)年、毛利輝元は孝高への供応は軽くするように指示した。「黒田の家風に合う」と、質素を重んじる彼の信条を理解した上での対応という。

 本書は伝記シリーズとして定評のある「人物叢書(そうしょ)」の新刊。孝高と同じ播磨出身の評者としても待望の一冊である。虚像を取り払った等身大の孝高と出会い、共感する読者が多いことを期待したい。

 評者=仲井雅史・文化部(吉川弘文館・2640円)

【なかの・ひとし】1958年、福岡県生まれ。九州大学大学院比較社会文化研究院教授。著書に「石田三成伝」など。

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