水都・大阪の商家を活写した小説「廻船問屋(かいせんどんや)の中ぼんさん」が出版されました。著者は、兵庫県西宮市生まれの上念素子さん。報道部の津谷治英記者が書評で紹介します。
◇
「ようおこしやす」「ご苦労はんやったな」。柔らかい言葉遣いが、読む人を和ませる。
舞台は太閤・秀吉が開いた天下の台所大阪。江戸期に創業し、昭和初期まで続いた廻船問屋(かいせんどんや)の中ぼんさんの半生を描く。商家ではかつて、次男坊を「中ぼん」と呼んだ。
主人公は実在の人物。著者が、祖父をモデルに当時の商家の暮らし、商都の様子を伝えたいと、筆を執った。やがて鉄道に流通業の王座を奪われる廻船業の栄枯盛衰を、小説風に仕立てた。
大阪弁といえば「こてこて」というイメージが強いが、物語に出てくる言葉は優しい。著者は「父から、もともと商人の言葉は物腰が柔らかいと聞いていた。家は船場、浪速、京の言葉が交ざり和やかだったようです」。
病気がちな兄に代わり、老舗の後継ぎとなった中ぼんさん。家族、店の使用人、友人らに囲まれ明るく育つ。店のある安治川には全国から米、酒を運んできた菱垣、樽廻船が寄港。小舟に荷を移し、淀川を京へと上っていく。当時の流通を生き生きと描写する。
西宮の香櫨園で隠居していた中ぼんさんの祖父は、廻船業と深い関係にあった造り酒屋のことを彼に話す。
「ここは六甲山から流れてくる地下水が豊富で、その水が酒造りに最適なんや」。粒の大きないい米が隣接する播州でよくとれ、卓越した技術を持つ丹波杜氏(とうじ)が支えていると説明する。酒所「灘五郷」成立の背景が身近に感じられる。このように郷土の歴史は、親から子へ、孫へ語り継がれたのだろう。
時代の変革で廻船問屋は閉店、物語は幕を下ろす。あとがきで著者は、中ぼんさんのその後に触れる。結婚して4人の子に恵まれたが、出征し沖縄で戦死した。「無念の死だったと思う。祖父が伝えられなかった大阪の姿を文章で残したかった」
郷土史に関心が深い著者が、当時の資料を調べたうえで完成させた庶民の物語である。
評者=津谷治英・報道部
(鹿砦(ろくさい)社・1540円)
【じょうねん・もとこ】1961年、西宮市生まれ。甲南女子大短期大学部卒。大学研究室事務職などを経て、5年前から執筆を始め、本作が初作品となる。
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