徳川大坂城の石垣材だったと今夏に判明した兵庫県立舞子公園(神戸市垂水区東舞子町)の園銘石が、研究者らの尽力に偶然が重なり、公園への搬入前、神戸市内の高校にあったことが分かった。大坂築城で未使用となった石垣材は「残念石」と呼ばれるが、この石、人知れず第二の人生を送っていたようだ。
舞子公園の名前を刻んだ園銘石は、約400年前の石垣材で、最長で縦約2・5メートル、横約3・5メートル、高さ約1メートルある。
偶然、ウェブ上で写真を目にした奈良文化財研究所主任研究員の高田祐一さん(39)=神戸市出身=が石垣材と直感し、最新の画像解析技術で表面を調べた。結果、普請(工事)を担った大名の松江・堀尾家と土佐・山内家の刻印、人名、年月がセットで刻まれていることを解読。普請の契約行為を伝える貴重な新発見として、7月に発表した。
園銘石は2001年に設置されたが、搬入前の素性は不明。調査は継続し、兵庫県や神戸市の元職員らの協力で、2000年に閉校になった同市立神戸商業高校(東灘区西岡本、現・六甲アイランド高校)から搬入されたとの証言を得た。
ここで再び偶然が味方する。高田さんの義母が神戸商業高の卒業生。彼女の卒業アルバムを確認すると、笑顔で並ぶ女子生徒の背景や、腕組みをしてポーズを決める男子生徒の足元に、それらしい石が写り込んでいた。写真を検討すると、石を切り出す際にくさびを打つ「矢穴」が見て取れる。こうした特徴を3D画像で舞子の園銘石と比較。アルバムが撮影された1970年代には「神戸商業高の庭石だった」と特定した。
さらに、神戸商業高跡地の住吉川東緑地を踏査し、大名の土佐・山内家の刻印が残る石を新たに発見。一帯の歴史を記した本山村誌は「野寄村に残石があった」としており、舞子の園銘石と同様に、大坂城石垣用の残石とみられる。
徳川大坂城関連の採石は六甲山系などで地道な調査が続いており、2018年には東六甲石丁場跡(西宮市甲山町)が国史跡に指定された。ただ、住吉川流域は不明な点が多く、高田さんは「今後の調査研究に一石を投じることになった」と意義を強調する。
江戸時代初め、大坂城を守るはずだった石は長い眠りにつき、戦後は神戸の高校生の青春を見守り、今は県立公園で家族や観光客を迎えている。高田さんは「気付かぬところに、まだまだ知られざる歴史が埋まっている。この驚きに興味をもってもらえたらうれしい」と話している。

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