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「最近のドラマはしゃべりすぎる。今回は読者の自由な想像に委ねた」と話す宮本輝さん=伊丹市内(撮影・鈴木雅之)
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「最近のドラマはしゃべりすぎる。今回は読者の自由な想像に委ねた」と話す宮本輝さん=伊丹市内(撮影・鈴木雅之)
宮本輝さん
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宮本輝さん
「よき時を思う」
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「よき時を思う」

 「小説のセオリーを取っ払った」。そう話す宮本輝さんの新著「よき時を思う」(集英社)には不思議な読後感を覚える。ストーリーテラーとして知られるが、今回は一本の筋をたどるのではなく、複数人の物語が夢、幻のように浮かんでは消えていく。全編を貫く基調は、ふくよかな時の流れ。「幸福なことしか書きたくなかった」という作品に、読者はどのような「よき時」を思うだろう。(仲井雅史)

 東京にある「四合院(しごういん)造り」の家を舞台に物語は始まる。中庭を囲んで建物を配した中国の伝統建築。宮本さんは30代で初めて訪中し、その空間で営まれる生活に心引かれ、小説にしようと構想を温めてきた。井戸をのぞきこむように四合院を俯瞰(ふかん)し、さまざまな人間模様が展開される-はずだった。

 ところが舞台は滋賀・近江八幡、京都へ、90歳を迎えた金井徳子が記念の晩餐(ばんさん)会で子や孫に囲まれる場面に移り、異なる物語が始まる。

 「徳子の力に引きずられていった。徳子が語り、私は聞き手として書いた」と宮本さん。「これまでは意図して小説の型通りに書いてきた。そんな約束事から自由になった。好きなように書こうと」。一昨年から手術を繰り返し、そんな心境で筆が進むに任せたという。

 晩餐会のメニューには苦労したと苦笑い。「手術の影響もあるし。そもそも、そんな高いの食べてへん」。だから資料を集めた。高級ワイン、珠玉の逸品…。それを食べる家族の会話は庶民的だ。「そこは関西人やねんな」と言いつつ、作中で「晩餐会は、自分だけでなく、自分の人生に関わった人々すべての生命を褒め讃(たた)えるためのもの」と定義するまなざしは優しい。

 晩餐会終了に至るまで、各分野のプロたちが時間をかけ、仕事に注力するさまも丁寧に描いた。四合院造りだけでなく、登場人物の身近にも優品を配した。端渓の硯(すずり)、竹細工の花入れ、懐剣…。「作った人たちの精神力の強さ、用意周到さ、美意識のすごさ。そういう物だけを集めた」

 そして、徳子に「見ていると幸福な気持ちになる。それはやがて『もの』ではなく幸福そのものになる」と語らせる。それは「ものかもしれないし、人かもしれない。人間の幸福は小さなところにあるんじゃないか。あちこちに転がっている」。

 愚直に重ねられた時間と労力。「どんなタイプの人でも、それぞれ人生経験を積んできている」。物語を書きながら登場人物それぞれの人生を考えてしまうと話す。

 「過去の幸せ、つらさ。思い出とはよき時。でも未来を思い描く、よき時がある」

 登場人物たちの新たな人生の「始まり」を予感させつつ、作品は完結する。「ここから読者の中で幕が上がる。物語をつくるのは読者ですよ」

 四六判、384ページ。2200円。

【みやもと・てる】1947年神戸市灘区生まれ。77年「泥の河」で太宰治賞、78年「螢川」で芥川賞。他に「流転の海」シリーズなど。2010年に紫綬褒章、20年に旭日小綬章授章。伊丹市在住。

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