東京証券取引所の最上位市場「プライム」に上場する鉄鋼メーカー大和(やまと)工業(姫路市)は、利益の7~8割を海外で稼ぐグローバル企業として知られる。ただ内実は、職人かたぎで上意下達の社風が残る「古き良き会社」だった。新たな成長ステージを目指す同社は昨年から、人事面でさまざまな変革を仕掛ける。社風を変え、社員の働き方を充実させようと動き続ける同社に迫った。(石川 翠)
「あの線を目指して、やってきたんやけどな」
昨年6月、工場内を歩いていた人事部の藤田勇人課長は、作業服にヘルメット姿のベテラン製造担当から呼び止められた。
数日前、製造現場で着用が義務付けられているヘルメットの「等級線」を廃止する、と人事部が知らせていた。「線は(キャリアを)積み上げてきた証し」と製造担当は自負をにじませ、廃止をくやしがった。他のメンバーも「現場の思いを知ってほしかったのに」と、抵抗感があった。
等級線とは、社章入りの黄色いヘルメットの前面に引かれた横線のこと。役職に応じて本数や太さが変わる。新入社員には線がなく、数年かけて「副主務」になると細線1本が貼られる。係長級で太線1本と細線1本、最上位の参与に昇格すると太線3本になるなど、9段階に分かれていた。
製造業や建設業などの現場ではなじみの光景で、警察官や消防士の階級章にも近い。指示系統を明確にし、危険回避やスムーズな作業につながるとされた。
この線をステップアップと捉え、向上心のよりどころにした社員は多い。それでも等級線を消したのは、中途採用者から人事部に寄せられた声だった。
「ヘルメットの線が少ない人にはあいさつをしない」「細い線だけのくせに、と言われた」
同社は5年ほど前、社員を画一的に育てる新卒採用から、多様性を重視した中途採用にシフトした。さまざまな年齢やキャリアの社員が増える中、等級線による上下関係が浮き彫りになった。
「線の変化で誰もが成長を確認できる分かりやすい文化だったが、健全なコミュニケーションを妨げていた」と藤田さんは振り返る。廃止は社内に波紋を広げたものの、社員には繰り返し説明して理解を求めた。
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鉄製品で世界のインフラを支える-。トップ企業に成長するには、さまざまな人材が活躍できる環境が必須だ。人事部が中途採用者との面談や社内の意識調査で率直な思いを探ると、社内の雰囲気を表す意外な言葉が浮かび上がった。
「感謝を言葉にする文化がない」「上司から部下にありがとうを言わない」。新卒で入社して20年となる藤田さんは「意識したことがなかった。外からはそう見えるんだと驚いた」と打ち明ける。
そんな文化や社風を変えようと同社は今年4月、あるシステムを試験導入した。交流サイト(SNS)のような画面上で、社員が「先ほどは資料整理を手伝ってもらい、ありがとう」など感謝のメッセージと、数十ポイントを送る。1週間につき1人400ポイントの送付が可能だ。受け取った人は1ポイントを3円に換算、最高で月に約1万2500円をもらった人もいる。
強制ではないが、利用率は9割を超える。画面上で「ありがとう」が飛び交っている様子は全社員が閲覧でき、「寡黙だと思っていた人が積極的に活用している」などの感想も藤田さんに届いている。
同社が年間に負担する費用は決して安くはない。金銭的な動機づけによる「ありがとう」だとしても、習慣化させたい考えだ。
昨年11月には「社長のおごり自販機」を3カ所に置いた。2人で社員証をかざすと、無料で飲み物を2本選べる。同じペアは週に1回までとし、多くの社員に会話のきっかけを提供する。
あいさつをしない、ありがとうを言わない。社内に根付いた文化について、藤田さんは「変えることは無理だと社員からさんざん言われたが、まずは目に見えることから始めた」と振り返る。意識は着実に変化している。「多様な人材が集まり、定着し、能力を上げることが会社の成長には欠かせないのです」
【大和工業】1944(昭和19)年創業。鉄スクラップを電気の熱で溶かし、鋼を精錬する電炉の大手。87年に他社に先駆けて米国へ進出。タイや韓国、中東バーレーンなどに順次展開した。断面がアルファベットの「H」の形をした「H形鋼」を主に製造する。ビルや工場、ショッピングモールなどの大型建物に使われ、近年は米国で建設が進む半導体工場やデータセンター向けなどの需要が伸びる。2025年3月期の連結売上高1682億6800万円、従業員は2585人(うち国内695人)。
























