展示されている愛新覚羅溥傑の漢詩。「常に心を正しくして身を修め、私欲に打ち勝てば礼儀正しい行動ができ、仁徳が生じる」と説く
展示されている愛新覚羅溥傑の漢詩。「常に心を正しくして身を修め、私欲に打ち勝てば礼儀正しい行動ができ、仁徳が生じる」と説く

 中国清朝の「ラストエンペラー」として知られる愛新覚羅溥儀(あいしんかくらふぎ)の弟で、日中友好に尽くした溥傑(ふけつ)(1907~94年)の直筆漢詩2点が、兵庫県西宮市鳴尾町の武庫川女子大付属総合ミュージアムの展示で初公開されている。溥傑の妻で、天皇家の縁戚に当たる浩(ひろ)が、日中平和友好条約の締結に寄せて詠んだ短歌も並び、戦争に翻弄(ほんろう)されながらも平和を願い続けた夫妻の軌跡を伝えている。(地道優樹)

 溥傑は、旧満州国(現中国東北部)の皇帝となった兄を軍人として支えた。日本留学中の1937年に浩と結婚し、2人の娘に恵まれたが、日本の敗戦で満州国は崩壊。旧ソ連軍の捕虜となった後、中国の戦犯管理所に収容され、一家は長きにわたり引き裂かれた。

 釈放され、浩と再会したのは終戦から16年後の61年。その後は、浩と北京で暮らしながら全国人民代表大会の要職を務め、78年には日中平和友好条約批准のための訪日メンバーにも名を連ねた。晩年まで西宮市に暮らす娘を訪ねてたびたび来日し、日中友好への思いを流麗な書に残した。

 幼少期より清朝の遺臣に師事し、書道家としても人気を集めた溥傑。展示されているのは、90年に「心を正し身を修める」精神をしたためた「正心脩身 克己復禮」と、92年に娘に贈った漢詩の2点を含めた書で、端正な筆遣いに人柄がにじむ。浩の短冊には「からくにと 大和のくにが むすばれて 永久に幸あれ 千代に八千代に」と、日中友好への願いが達筆でつづられている。

 夫妻の次女の福永嫮生(こせい)さんがこれらを寄贈。福永さんの娘が同大付属中学・高校に通っていた縁で、同校では2008年に「日中友好の庭」が造られ、夫妻の歌碑が建立されるなど、現在も平和教育の礎となっている。

 同ミュージアムの横川公子館長は「波乱の歴史に翻弄(ほんろう)されながら、夫妻は日中友好の架け橋として生きようとした。展示が戦争と平和について改めて考えるきっかけになれば」と話す。

 展示は、秋季展「生活資料が語るあの日あのとき-近代日本における戦争と平和」に合わせて企画。明治期から終戦までに使われた衣服や道具など約160点が並び、戦時下の暮らしをたどる。

 12月2日まで。無料。午前10時~午後4時半。土日と祝日は休館。同ミュージアムTEL0798・45・3509