2006年、トリノ冬季五輪出場当時のボブスレー女子日本代表の長岡千里さん(左)と大賀康弘さん(中央)=大賀さん提供
2006年、トリノ冬季五輪出場当時のボブスレー女子日本代表の長岡千里さん(左)と大賀康弘さん(中央)=大賀さん提供

■網干高校体育教師・大賀康弘さん

 ミラノ・コルティナ冬季五輪が6日開幕した。20年前にあった2006年のトリノ冬季五輪では、女子のボブスレーで日本勢が初めて出場した。当時、監督として代表チームを率いた大賀康弘さん(62)は兵庫県姫路市出身。現在、網干高校(同市網干区新在家)の体育教師として勤務する。今年1月下旬には、そりで氷上を滑るスケルトンの体験授業を行うなど、地元から競技の裾野を広げる活動を続けている。(船田翔太)

 同市白浜町出身の大賀さんは、自身もボブスレー選手として国際大会で入賞するなど活躍した。しかし、1994年のリレハンメル冬季五輪で代表から漏れたことを機に現役を引退。高校教師になって生活の基盤を播磨地域に置きつつ、翌年から男女の日本代表チームのコーチに就いた。

 2006年のトリノ冬季五輪では監督として指揮を執り、女子の日本代表チームを初出場に導いた。選手の1人に、同じく姫路市出身の長岡千里さんがいた。もともと陸上競技の投てき選手だった。ボブスレーは、そりを押し出す速度でタイムの60%が決まる世界。持ち前の脚力を大賀さんが見いだし、ボブスレーの選手に育てた。

 大賀さんは、女子ボブスレーの五輪初出場を「自分の全てを注ぎ込み、目指していた舞台にようやくたどり着いた。念願がかなった瞬間だった」と振り返る。

 教員としても、そり競技の普及に力を入れる。スケルトンの体験授業は2020年から毎年実施。頭を前にした腹ばいの姿勢でそりを滑走させるタイムレースで、今回は3年生30人が参加した。生徒は、氷上以外でのスタート練習に使うキャスター付きのそりで、5メートルのタイムを競った。

 顧問を務める陸上部で、ボブスレーに向いた部員に声をかけ、母校である仙台大の「ボブスレー・リュージュ・スケルトン部」にこれまで20人ほど送り出した。教え子が卒業後に姫路へ戻り、警察官や教員として地域に貢献する姿に「頼もしくてうれしい。指導者冥利(みょうり)に尽きる」と目を細める。

 日本代表監督を退いてから20年が過ぎ、競技を取り巻く環境は変化した。ボブスレーの日本勢は、今回のミラノ・コルティナを含め男女とも3大会連続で出場を逃している。

 それでも大賀さんは「これほどスリルとスピードを感じられる競技はない。多くの人に魅力を伝えて、日本のチームが世界で結果を出せる土台を作っていきたい」と次世代の育成に情熱を注ぎ続けている。