神戸

  • 印刷
全壊した実家の最寄り駅で、新作の書を額に飾り付ける野原神川さん=JR摂津本山駅
拡大
全壊した実家の最寄り駅で、新作の書を額に飾り付ける野原神川さん=JR摂津本山駅
地元の神社へ参拝した(右から)野原神川さんと父幸助さん、母範子さん=1991年、東灘区(野原さん提供)
拡大
地元の神社へ参拝した(右から)野原神川さんと父幸助さん、母範子さん=1991年、東灘区(野原さん提供)

 神戸市東灘区で書道教室「ばく工房」を構える書家の野原神川(しんせん)さん(67)=同区=は、阪神・淡路大震災で両親と義弟を亡くした。震災後に本格的に創作活動を始め、朝ドラのタイトルを手がけたほか、地元の駅に作品を飾るボランティアも続けている。「自分の歴史が丸ごとなくなった」とがれきの街に立ち尽くしたあの朝から、筆一本で立ち上がってきた。

■「自分の歴史が丸ごとなくなった」

 幼い頃から書道をたしなみ、テレビタイトルの制作会社に勤めていた野原さん。28年前の1月17日午前5時46分、阪急岡本駅近くにあるワンルームマンションで被災した。マンションごとクレーンでつり落とされたかと錯覚するような強烈な揺れに目を覚ました。

 JR摂津本山駅近くの実家目がけて歩くと、駅前ではマンションが崩れて傾いていた。実家の古い木造長屋はもう駄目だと悟った。

 父の幸助さん=当時(73)=と母の範子さん=同(64)=は全壊した家の下敷きになり、後日遺体で見つかった。近くの文化住宅では妹一家も生き埋めになり、妹の夫が亡くなった。

 「家族も家も、自分の歴史が突然丸ごとなくなった」。ぼうぜんと見上げた空は、青く澄み切っていたのを鮮明に覚えている。地上の惨状と不釣り合いで、無性に腹立たしかったことも。

■「人生のどん底」からの再起

 うつ病を患って50歳を前に会社を辞め、「人生のどん底」に沈んでいたが、実家跡に再建していた自宅に工房を構えると、転機が訪れる。かつてテレビタイトルを制作していた関係で、NHK連続テレビ小説「だんだん」(2008~09年放送)の題字を手がけるチャンスがめぐってきた。

 二つの「だ」の濁点の間隔を変え、「ん」はアルファベットの「W」の形に似せる-。たった4文字のひらがなで、生き別れながら徐々に交わり、双子のデュオとして活躍していくヒロインの半生を見事に表現してみせた。お茶の間に知られる出世作となり、イラストと字を組み合わせた独自のスタイル「踊書(ようしょ)」が野原さんの代名詞となる。

 講師の依頼や教室の生徒が増えると、被災地支援にも積極的に取り組んだ。東日本大震災の発生後、出張書道教室を開くため仮設住宅を訪ねた。熊本地震や西日本豪雨の被災者にしたためる直筆の年賀状は、多い年で250通を数えるようになった。

■亡き父の前夜の電話

 震災から19年がたった2014年に野原さんが出した短歌集に、こんな歌が収録されている。

 風邪うつすから寄らぬよう 亡き父の前夜の電話 生死を分かつ

 頑固な父とはよくけんかしたが、書や絵画に励む娘の良き理解者でもあった。生前、戦友会の仲間に娘のことをよく自慢していたらしいと、野原さんは震災の後に知った。

 震災の前日、野原さんが実家に泊まるつもりで電話をかけると、両親ともに風邪気味で珍しく「帰ってくるな」と父に断られた。2人に生かされたこの命だと、あらためて心に刻んでおきたくて書き留めた。

 毎年冬が訪れると悔しさが込み上げるが、神戸を離れようと思ったことはない。この街のために何かできないかと、13年11月に始めたのが「駅書」だった。

 まちづくり協議会の依頼を受け、リニューアルされたJR摂津本山駅の南北の階段に毎月新しい作品を飾った。時事ネタ、鉄道ポエム、季節の草花など自在なテーマで5年半にわたって書き続け、複数の作家が交代でやっている企画だと勘違いされたこともある。

■震災から始まった人生を生きている

 今も正月の額は毎年、野原さんの作品のために空けられている。昨年の大みそか、野原さんは仕上げたばかりの新作(90センチ四方)を2枚抱えて駅に向かった。

 干支(えと)のウサギをちぎり絵であしらった紅白のデザインで、「癸卯(みずのとう)」の大書は活力に満ちあふれている。「いいかげんコロナを吹き飛ばして、戦争もない明るい1年に」との願いを込めた。

 震災から始まった人生を生きている、と野原さんは言う。「大切なものを失ったけど、そこから積み上げてきたものもたくさんある。人を勇気づけられるよう、胸を張って、もっともっと書いていきたい」

神戸震災28年東灘話題
神戸の最新
もっと見る
 

天気(9月6日)

  • 33℃
  • ---℃
  • 10%

  • 35℃
  • ---℃
  • 10%

  • 35℃
  • ---℃
  • 10%

  • 36℃
  • ---℃
  • 10%

お知らせ