三木

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初めての学園卒園生となった5人と、巣立ちを祝う教師や他の子どもたち=1949(昭和24)年3月21日(有隣学園写真集より)
初めての学園卒園生となった5人と、巣立ちを祝う教師や他の子どもたち=1949(昭和24)年3月21日(有隣学園写真集より)

 満州で孤児となり、引き揚げた中川道尊(みちたか)さん=享年(84)=は1946年に帰国した。神戸市中央区の自宅は、空襲を逃れて無事だったが、終戦直後の混乱期に親戚は預かることができず、47年3月に戦災孤児収容施設「有隣(ゆうりん)学園」に入った。

 戦後、兵庫県は学童疎開の復帰過程で帰宅困難な児童や戦災孤児を、合宿収容所で養育する方針を定め、神戸、尼崎市に設置した。神戸市は三木町(現三木市)に設け、運営を同町に集団疎開した神戸市立平野国民学校に委託。45年12月6日、三木高等女学校の校舎を間借りする形で「神戸市立平野国民学校三木分教場有隣学舎」が創立した。

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