人の背丈以上に伸びたススキは定期的に刈り取り、かやぶきに利用される=2023年11月、兵庫県新温泉町海上、上山高原

 農林業や漁業を始め、人は自然と深く関わって暮らしを紡いできた。そんな昔からの営みを訪ね歩いた先で、山や川、海の異変に最前線で向き合う人々の言葉に何度もはっとさせられ、共通する気づきもあった。生き物が暮らしやすい環境は、人の手が適度に加わって生み出されてきたということだ。

 代表的なのは里山だ。人は暮らしと隣り合う自然から、燃料や緑肥など資源を得てきた。川西市黒川地区では茶の湯炭を供給してきた山が管理されなくなり、一つ、また一つと荒れている。炭焼き農家今西学さんは言った。「木はいい時期に切ってこそ健康を保てる。私が山に入るのは自然の価値を引き出すため」

窯入れの季節に積み上がる黒炭の束=2022年3月、川西市黒川

 里の周囲も今は荒廃が目立つ。かつて人が持ち込んだモウソウチクは、手入れされず各地で「放置竹林」となっている。人が関わりを怠った竹林が集落の家をのみ込まんばかりに勢いを増す。中に足を踏み入れると、イノシシが子どもを従えて歩き回り、獣害の前線基地となっていた。

手入れされず人里周辺を覆う竹林=2023年5月、洲本市安乎町(ドローンで撮影)

 人が環境を変え過ぎたことによる影響も目にした。兵庫県南西部の千種川水系で寒じゃこ漁を続ける男性は「昔に比べて川がのっぺりした」とつぶやいた。水害を防ぐため、多くの河川が護岸工事を施され、流れは単調になった。淵と瀬が消えた川では生物の幅が狭まったという。

川から引き上げられ、網の中で輝くオイカワ=2022年12月、兵庫県佐用町上月、幕山川

 農業の効率化を図るほ場整備も「環境の均質化」と言える。一枚一枚の姿が異なる棚田は、水分や日照など不均質な環境を生み、多様な生き物に居場所を提供していた。「適度に手を加えた『半自然』の環境は生物多様性が高い。宝のような場所を後世に引き継ぎたい」。棚田周辺の希少植物をボランティアで守る大嶋範行さんのまなざしが忘れがたい。

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■識者講評 兵庫県森林動物研究センター・梶光一所長 自然との関係、転換期示した

 せめぎ合いを繰り返してきた人と野生動物の歴史の中、今ほど国内で人の力が弱まり、生き物の力が高まった時代はないでしょう。さまざまな生き物が人の生活圏に入り込み、互いの物理的、心理的な境界が失われています。今回の連載を見渡すと、その様子が手に取るようです。過去になかった日本社会の転換期を克明に描写していると感じました。

 動物が市街地に出没する背景には、まず個体数の回復があります。さらに日本の人口減少や暮らしの変化が彼らの分布拡大に拍車をかけています。その接近ぶりは一層加速する恐れがあり、特に地方の暮らしの安心安全が脅かされかねません。

 「獣害」という捉え方だけでは十分ではありません。勢いを増す野生動物など自然とどう向き合いながら縮小する地方社会を維持していくのか。法改正を含めた制度設計が必要ですが、日本にはそのグランドデザインがまだなく、場当たり的な対応に終始してきました。

 国民が共通認識を持つことが大切です。連載は現状を知らしめる問題提起と受け止めました。今後も地域に根ざす地方紙の特色を生かし、自然の姿を長いスパンで見つめ続けてほしいと期待しています。

【かじ・こういち】北海道大からエゾシカを研究。2006年、東京農工大大学院教授。19年、同大名誉教授。専門は野生動物管理学。日本哺乳類学会元理事長。

■4万3千頭、10万個…数字でたどる連載

▽13群約1000頭 県内に生息するニホンザル。2群は餌付けされており、残りが野生。全国に100群が分布する

▽樹齢200年 川西市黒川地区では「台場クヌギ」から炭の原木を切り出す。江戸期から守り継がれる木も

▽4万3千頭 県内で1年間に捕獲されるニホンジカの数。およそ半数が被害防止を目的にした駆除で占められる

▽8羽 淡路島で2022年に巣立った絶滅危惧種シロチドリのひな

▽10万個 1匹のマダコが産み付ける卵の数。播磨灘などで漁獲が急減

タコつぼの中で卵を守る母ダコ。卵は「海藤花」の異名を持つ=2022年9月、明石市岬町

▽キロ3千円 根強い人気か、希少性か。川魚オイカワについた販売価格

▽30年前の5倍 県内の竹林面積の推移(県推計)。荒れる「放置竹林」が増加

▽1000メートル 品種によるが、1個の繭玉から紡がれる糸の長さ

蔟(まぶし)いっぱいの繭玉=23年6月、丹波市春日町中山

▽1%未満 国土の利用種別で、放牧地など「草地」の割合。ここ100年で9割が消えたとされる。森林は65%

▽35歳 養父市内の養老牧場が預かった引退馬など約50頭の最高齢。馬の寿命は25~30歳くらいとされる

▽27匹 ヌートリアが1年間に産む子どもの数。条件が良ければ年2~3回出産することがあり、1回で2~9匹が誕生する。生後数カ月で繁殖可能になる。

(数字はいずれも取材時)