ヒメハナカメムシ類のオスの交尾器。種によってその形が異なる。あまり複雑な構造ではないが、写真より絵の方が、形を理解しやすい
ヒメハナカメムシ類のオスの交尾器。種によってその形が異なる。あまり複雑な構造ではないが、写真より絵の方が、形を理解しやすい

 私の専門は昆虫分類学です。カメムシを対象に、分類学の研究をしています。「分類学」とは、自然界に存在する生物を識別し、名前を付け、体系立てて整理する学問です。

 分類学の研究で大切なのは、生物がもつ「形」の情報を正確に理解し、それを他者に伝えることです。そのためには、文字だけで説明するのではなく、絵や写真といった補助的な情報が欠かせません。文字だけでは、人によって解釈が異なり、誤った情報が伝わってしまうことがあるからです。

 中学校の理科の授業で、生物のスケッチをしたことがある方も多いでしょう。観察した特徴を正確に記録し、他の人に伝えるための図です。実はこの生物スケッチは、分類学における作図の「入り口」とも言えます。目的や精度に違いはあっても、観察した形を正しく描き、共有するという考え方は共通しています。

 では、分類学の研究では、どのような場面でこうした図が必要になるのでしょうか。もっとも重要なのは、研究成果を公表する論文の中です。

 分類学の論文には、新たに見いだした種の特徴や、近い仲間(近縁種)との違いを示す図が掲載されます。図には写真や絵が用いられますが、伝統的には、生物画(ペンで描かれる線画)が重視されてきました。写真では分かりにくい特徴を選び出し、重要な部分を強調して表現できるからです。

 もっとも、私自身は決して絵が得意ではありません。大学院生のころ、論文に使える絵を描けるようになるまで、何度も練習を重ねました。現在では撮影技術が進歩し、絵を描く分類学者は少なくなりましたが、昆虫の交尾器のような微小で複雑な構造を理解するには、今でも生物画が役立ちます。私は体全体を写真で示し、細かな部分をスケッチで補うようにしています。

 絵を描く作業は、私にとっていまだに少し憂鬱(ゆううつ)な仕事です。25年ほど描き続けてきましたが、今なお慣れることはなく、1枚を仕上げるのに何時間もかかります。それでも、描きながら生物の形を見つめていると、新たな発見に気づき、生き物の形を深く理解することができるのです。