81年前、戦火を逃れて神戸から三田市乙原に疎開したきょうだいが6月中旬、終戦以来初めて疎開先へ「里帰り」した。「もう一度行きたい」。2人の願いをかなえようと、親族らが奮闘し、無事、訪問がかなった。実現には、乙原の地域住民による協力があった。(黒田耕司)
2人は、中谷歌江さん(89)=神戸市灘区、小林卓二さん(88)=大阪府豊中市。2人によると、1945年、神戸市の神戸駅周辺に住んでいたが、米軍による攻撃が本格化した。そこで、父親が営んでいた喫茶店の従業員だった女性の実家である乙原へ、幼かった妹ら家族を残し、縁故疎開したという。
都会育ちの2人とって、乙原での生活は特別だった。当時国民学校(小学校)の2年生と1年生だったといい、「『都会の子』と呼ばれてね。周囲の子は、自分でわらじを編んで履いていたの。私たちはできなくて、ずっと同じわらじを履いていて」と中谷さん。小林さんは、「神戸ではムギなどを食べていたと思うが、疎開後は白米が食べられた」「自転車を持っていたのが自分だけで、人気者になれた」と、記憶をたどりながら懐かしむ。























