「B29」の先導で飛行する「P51」の編隊。こうして日本本土に向かった(米国立公文書館蔵)
「B29」の先導で飛行する「P51」の編隊。こうして日本本土に向かった(米国立公文書館蔵)

 81年前の7月19日、三輪国民学校(現・三輪小)の児童4人と成人女性の命を奪った「三田空襲」について、米軍部隊の記録が新たに見つかった。来襲した機種は、硫黄島(東京都小笠原村)から1200キロ以上を飛行してきた戦闘機「P51」。日米双方の記録からは、手当たり次第に周辺が銃撃される中、三田も巻き込まれたことが読み取れる。伝承に取り組んできた住民らは「地域の記憶と符号することが多い。空襲の実像が分かった」と語る。(杉山雅崇)