袈裟姿の遺体は、目立つ傷もなくきれいだった。日本のオペラ界を代表する演出家、岩田達宗さん(62)=東京都=は阪神・淡路大震災で、神戸市東灘区魚崎南町3の日蓮宗妙見寺の住職だった父隨教さん=当時(67)=を亡くした。小さな御堂一つから寺を興し、地域の人たちから慕われた。岩田さんは「僧侶として、犠牲になった人たちが安らかに逝けるよう導いていったのかな」と語る。(松本寿美子)
あの日、隨教さんは午前4時半に起き、本堂で読経していた。母の美代子さん(90)はお参りに来る人のために玄関のストーブをつけた直後、激震が襲った。「美代子ー!」。叫び声が聞こえた直後に屋根が崩れ、美代子さんはストーブ上に落ちた柱の下に閉じ込められた。暗闇に1時間ほどいただろうか。隨教さんの声はせず、外で鎖につながれていたはずの愛犬がそばに現れた。導かれるように外に出られたという。
既に東京で家庭を持っていた岩田さんが公演先の名古屋から駆けつけたのは翌日未明。「お上人、あかんかった」。隨教さんは総代らによってがれきから出され、6畳一間の御堂に安置されていた。きれいな寝顔に「何があったんや」と問いかけた。美代子さんが閉じ込められていた近くで見つかったと聞き「母を守ろうとしたんでしょう。最期は犬に念じて母を救って逝った」と考える。