看護師たちは円にならず、同じ方向を向いて座っていった。
視線の先には大型モニターが9台。患者や職員配置の状況が数値化されている。いわば、病院の「中央制御室」だ。
神戸市立医療センター中央市民病院の2階にある「VCC(ボリューム・コントロール・センター)」。一般利用者が入れない場所にある。午前9時。看護師長ら23人が集まり、「ベッドの会」が始まった。
一般的に看護師のカンファレンス(会議)は、入院病棟ごとにあるナースステーションで、車座になって行われる。そこでは入院患者の情報共有が主な議題になるが、「ベッドの会」で交わされる話は、院内全768床の病床調整と、各病棟の業務量に応じた応援体制の検討だ。
「入院が4で退院が1です。コロナ2人入っています。空床は6…」。各病棟から報告はあるが、すぐに終わる。本題は、救急入院患者を一般病床に移す案の承認だ。病床調整の司令塔「ベッドコントローラー」の4代目、寺坂恵美さんが、自ら作った案を説明する。30分で会議は終了した。
「今日は少し時間がかかったが、目標は15分」と寺坂さんが言う。このVCCの試験運用が始まったのは昨年1月。それまでは寺坂さんが院内約30の病棟を巡って状況を聞き取り、一般病床に移す方針を固めるのに半日もかかっていた。
VCCは、入院患者ごとに病状が急変するリスクや介護度、看護師の経験年数や欠勤数に応じた病棟の忙しさを点数化し、これまで時間をかけて寺坂さんが収集していた病棟の「空気感」を「見える化」した。院内電子化の一環だ。
AI(人工知能)の活用を視野に入れるVCCには約7千万円を要したが、病床回転数が上がり、導入前と導入後の同一時期を比べると救急入院患者は12・4%増えた。
それでも同病院は2024年度、31億700万円の経常赤字を出した。
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■入院で収益考慮、医師が反発
病院の安定経営には「医師1人当たり年間1億円は稼ぐ必要がある」と言われる。一概に医師と言っても、経験年数や診療科によって大きく異なるため目安の一つに過ぎないが、その「ノルマ」は高額だ。
神戸市立医療センター中央市民病院が2024年度に出した経常赤字31億700万円は、兵庫県立の直営10病院と比べても突出して深刻な数字だった。
7月3日の業務経営改善会議では収益向上策が議論された。夏場に病床利用が減る対策を座長に尋ねられた循環器内科部長は、こう話した。
「緊急入院が減るのであって、予定入院が減るわけではない。予定入院は、今以上に増やすのは難しい」
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病院の経営は入院収益に大きく左右される。さらに入院は、救急搬送などによる「緊急入院」と、手術などがセットになった「予定入院」に二分される。一般的に予定入院の方が高収益を見込めるが、緊急入院の減少は、中央市民のような「断らない救急」を掲げる病院にとって、存在意義に関わる。印象的なやりとりが、7月29日にあった木原康樹院長による有吉孝一救急科部長のヒアリング(聞き取り)であった。
病院事務「予定入院を6割まで持って行ければ、という話はしている」
有吉部長「予定入院が6割なら、緊急入院は4割になり、これまでのように受け入れられなくなってしまう。収益のために救急患者を考えるというのはちょっと不適切ではないか」
木原院長「そういうことだ。ベストの収益が得られるから、予定をいくら、救急をいくらと決めていくというのは、院長としては考えられない」
ふだんは陽気な有吉部長は表情を曇らせていた。病院事務は、経営の観点から見れば、「結果的に」その程度のバランスが効率的と伝えたかったようだ。
中央市民の救急は厚生労働省による救命救急センター評価で今年、全国11連覇を達成した。24年度は救急外来の患者数、救急車の受け入れ数ともに前年度より増加。何より救急入院の患者数が8207人と過去最多を記録した。
それでも前代未聞の経営危機に直面し、予定入院を増やせないかという圧力を感じていた。
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病院事務のトップである南部法行事務局長は悩んでいた。「当院のドクターは、患者さんにとって何がよいかを考え、使命を果たしたいという思いが強い。だが、健全経営をしないと病院も成り立たない」
ときには内部でぶつかりながらも経営改善に取り組む同病院は、積極的に取材を受け入れた。神戸新聞は7月25日の病院運営協議会にも同席できた。
木原院長は言う。「問題があるとしても、透明度を高めて皆で共有しているということが、うちの病院のブランド力につながっている」(霍見真一郎)