阪神・淡路大震災発生時に勤務した運南出張所の前で、当時を振り返る阿部浩二さん=神戸市兵庫区浜山通2
阪神・淡路大震災発生時に勤務した運南出張所の前で、当時を振り返る阿部浩二さん=神戸市兵庫区浜山通2

 柔道の世界最強きょうだいの原点は阪神・淡路大震災にあった-。神戸市兵庫区出身の五輪金メダリスト阿部一二三選手(28)、妹詩選手(25)=ともにパーク24=の父浩二さん(55)は消防士。31年前のあの日、燃えさかる自宅に放水した。再建のローンに追われ、息子が初めて柔道で手にした賞金は家計のやりくりに消えた。「うちの子は恵まれてない」と苦悩したが、たくましく育ったきょうだいは後に世界を制した。(初鹿野俊)

 浩二さんは震災当時、兵庫消防署運南出張所(兵庫区浜山通2)に勤務。両親、祖父と住む2階建ての自宅兼揚げ物店はすぐ近くだった。1995年1月16日から当直に入り、17日未明に須磨区のマンション火災に出動。午前5時46分は仮眠室にいた。食堂の物品が散乱して同僚たちと驚いていると、救助を求める住民が駆け込んできた。「スイッチが入った。えらいことになってるんやと」。対応に奔走しつつ、ふと自宅が気になった。合間に走って見に行くと、家も家族も無事。ほっとした。

 明るくなり、出動先から戻る道中、自宅周辺から火の手が上がるのが見えた。消火栓から水は出ない。ほどなくして自宅に燃え移った。「命があるだけまし。よそに延焼せんかったらいい」。防火水槽から延ばしたホースを手に、不思議と冷静だった。

 生まれ育った家は全焼。家族は親類宅に預け、救助対応に駆け回った。発生から数日たち、見に行った自宅の焼け跡からは、小銭ぐらいしか取り出せなかった。一からの再建。仕事も多忙を極めながら、還暦近い父に代わり、30年ローンを背負った。25歳だった。

 愛さん(53)と結婚し、95年秋に長男勇一朗さん(30)が誕生。2年後に次男の一二三選手、その3年後には長女の詩選手が産声を上げた。

 きょうだいが柔道を始めると、浩二さんは公園でトレーニングの相手をした。重いボールを投げて、ダッシュを繰り返す。いつしか「五輪で金メダル」が家族の夢になった。

 頭角を現した2人は中学生の時に全日本連盟の強化指定を受け、遠征が急増。うれしい半面、かさむ費用が父には気がかりだった。交通費の一時的な立て替えや道着代の購入さえ家計には重たかった。

 一二三選手が高校1年の頃、国際大会で2位に入り、初めて賞金をもらった。数万円。楽しみにしている様子だったが、やりくりに回さざるを得なかった。「ごめんな」とわびると、「そんなんええよ」と返ってきた。「つらい思いをさせた」。今でも思い返すと声が詰まる。

 一方でそんな環境が2人を強くしたのではとも思うようになった。「ハングリー精神を持っていたはず」。血のにじむような努力の末に、2021年東京五輪でそろって金メダルを取った。男女きょうだいによる五輪制覇は日本勢初の快挙。兄が連覇した24年パリ五輪では涙をのんだ妹も、25年の世界選手権で再び頂点に立った。

 昨年の秋、浩二さんの元にローン完済の通知が届いた。「俺ら頑張ったな」。今は東京で詩選手と暮らす愛さんと、ささやかにたたえ合った。

 震災からの31年を振り返り、浩二さんは「家族の絆に気付いた」と話す。「地震はない方がいいけど、あったから見つめ直せたものがある。それがなければ、今の家族や人生はなかったかもしれない」

 今年も10月の世界選手権(バクー)など第一線で奮闘する子どもたちの応援に駆け付ける。「ほんまに幸せやな」。愛さんと喜びをかみしめながら、会場の誰より大きな声で背中を押すつもりだ。