現場周辺で電車を見つめ、唇をかみしめる原口佳代さん。夫浩志さんを事故で失った=25日午前、尼崎市久々知西町2(撮影・斎藤雅志)
現場周辺で電車を見つめ、唇をかみしめる原口佳代さん。夫浩志さんを事故で失った=25日午前、尼崎市久々知西町2(撮影・斎藤雅志)

 かけがえのない人を失った悲しみは、21年がたっても癒えることはない。乗客106人が犠牲になった尼崎JR脱線事故。25日、現場周辺は深い祈りに包まれた。JR西日本の社員は事故後の入社が7割を超えた。「風化させないで」。遺族らは鉄道の安全を願い、静かに手を合わせた。

 事故で夫の浩志さん=当時(45)=を亡くした宝塚市の原口佳代さん(66)は今月、事故後に入ったJR西の社員に向けて手紙を書いた。「事故を風化させてほしくない」。そんな思いでペンを取った。

 〈一つの判断、一瞬の油断が誰かの人生の一生分を奪ってしまう可能性があることを想像してみてください〉

 〈あの日、あの列車に乗っていたのは単なる「乗客」ではなく私にとってかけがえのない大切な夫でした〉

 システムエンジニアだった浩志さんとは2000年に知り合い、翌年に結婚。お互い再婚で子どもはいなかった。釣りや料理が趣味の浩志さんは魚をさばくのが得意で、週末は一緒に作った夕食を囲み、テレビを消して何時間もおしゃべりを楽しんだ。

 事故当日、浩志さんは出勤前にJR大阪駅前の家電量販店に寄る用事があり、開店時刻に合わせて普段より遅く家を出た。「ついでにカメラも見てくる」。車中泊の旅が好きだった2人は、5月の大型連休に九州一周を予定していた。「行ってらっしゃい」。それが最後の会話になった。

 〈誰かの不注意や一瞬の過ちがどれほど残酷に、そして永遠に誰かの未来を奪ってしまうのか。21年たっても消えない寂しさと今も流れる涙がその答えです〉

 「この料理好きやったな」「ここに来たら喜んだやろな」。今も日常のふとした瞬間に浩志さんの顔が浮かび、涙があふれる。「一番楽しいときに逝ってしまったから、いっぱい心残りがある。『ああしとけばよかった、こうしとけばよかった』って」

 今年4月1日時点でJR西の社員約2万5600人のうち、事故後の入社は約1万8700人(73%)。昨年12月には大阪府吹田市に事故車両の保存施設が完成し、社員の研修が始まった。

 〈寂しさ、悲しみ、苦しみ。それは人は経験しないと、どんなに言われても、教わってもきっと分からないと私は思います〉

 〈どうか私たち遺族の声に耳を傾け、事故後に入社した社員、事故を知らない社員ともに力を合わせ受け継いでください〉

 手紙を書くきっかけは、今年2月、川西市のJR宝塚線で起きたトラブルだ。始発から遮断機や警報機が作動しないまま、電車6本が通過した。異変に気付いて非常停止したのは6本目の運転士。佳代さんは「どれだけ安全対策に力を入れても、予期せぬアクシデントは絶対になくならないと思う。大事なのはそのときに自分で正しく判断できるかどうか」と訴える。

 〈皆さんが動かしている列車には夫のように、誰かにとっても「宝物」のような人たちがたくさん乗っています〉

 〈正しい判断と決断を持つ勇気を身につけてください。この事故を風化させないでください。二度と私と同じ思いをする人をその手で生み出さないでください〉

 手紙はJR西の関係者に直接手渡し、研修に役立ててほしいと伝えた。(長谷部崇)