事故のあった歩道橋でで鎮魂歌を捧げる市民ら=21日夜、明石市大蔵海岸通1(撮影・丸山桃奈)
事故のあった歩道橋でで鎮魂歌を捧げる市民ら=21日夜、明石市大蔵海岸通1(撮影・丸山桃奈)

 夏祭りの花火の見物に訪れた子どもら11人が亡くなった明石歩道橋事故は21日夜、発生から丸25年となった。現場となった朝霧歩道橋(兵庫県明石市大蔵海岸通1)にある慰霊碑「想の像」の前では遺族や市民らが手を合わせて犠牲者を悼み、再発防止を願った。

 事故は、JR朝霧駅と大蔵海岸を結ぶ同歩道橋上で群衆雪崩が発生。子ども9人と高齢女性2人が死亡し、247人が負傷した。

 午後7時すぎ、事故で長女千晴さん=当時(9)=と長男大さん=当時(7)=を亡くした有馬正春さん(67)、友起子さん(56)夫婦=明石市=が現場へ。親を亡くし、今春、家庭に迎え入れたおいと花束をささげた正春さんは「亡くなられた人たちに新しい家族が増えましたよ、と紹介した。ここへ来ると2人に会える気がする」と語った。

 事故発生時刻に近い午後8時40分ごろには、遺族2人が慰霊碑に献花した。次男の智仁ちゃん=当時(2)=を亡くした下村誠治さん(68)=神戸市垂水区=は「今も目をつぶると悲鳴が聞こえてくる。怒りもわいてくるが、被害者支援など、自分たちの地道な取り組みが実を結んだ面もある」と25年を振り返った。

 この日、明石市の職員研修で、今春入庁した職員を前に事故の教訓や安全への思いを伝えた下村さん。「若い世代に教訓を継承するため、明石市とタッグを組んでいく」と強調した。

 午後8時半ごろ、市幹部と花を手向けた丸谷聡子市長は「原点に立ち返り、市民の安全を守る職責をしっかり果たしていく」と述べた。慰霊碑の前では、市民の有志が鎮魂の思いを込めた歌声を響かせた。(森 信弘)

明石歩道橋事故 明石市民夏まつり花火大会が開かれた2001年7月21日夜、朝霧歩道橋で見物客らが折り重なるように倒れ、11人が死亡、247人が負傷した。警備の現場対応に当たった明石署、明石市、警備会社の計5人が業務上過失致死傷罪で有罪判決を受けた。検察審査会の議決によって全国で初めて強制起訴された明石署元副署長は、公訴時効成立による「免訴」となった。ずさんな雑踏警備などが明らかになり、全国でイベントの警備体制を強化するきっかけとなった。