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小豆島にある田中河内介の墓碑や顕彰碑を訪ねた「但馬の偉人研究会」のメンバーたち=香川県小豆島町(同会提供)
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小豆島にある田中河内介の墓碑や顕彰碑を訪ねた「但馬の偉人研究会」のメンバーたち=香川県小豆島町(同会提供)

 兵庫県但馬地域の高齢者大学「但馬文教府みてやま学園」大学院の修了生8人がこのほど、在学中に学びを深めた幕末の志士田中河内介(1815~62年)について、“終焉の地”である香川県の小豆島を訪ね、現地で顕彰を続ける有志らと交流した。来年に没後160年の節目を迎える中、メンバーたちは「地元でも河内介を知る機会が増え、功績を見直す機運が盛り上がってほしい」と話す。(阿部江利)

 田中河内介は同県豊岡市香住の出身。明治天皇が5歳になるまで養育係を務めた後、勤王の志士として倒幕運動に身を投じた。寺田屋騒動の中心人物となったが、挙兵直前に薩摩藩に押さえ込まれ、河内介と息子左馬介(さまのすけ)は同藩に移送される船中、神戸・垂水沖でひそかに惨殺され、遺体が小豆島に流れ着いたとされる。

 メンバーは2020年度に同大学院を修了した60~80代の男女8人で、同大学院の実践研究で「但馬の偉人研究会」を結成。「まだよく知られていない地元の先人に光を」と偉人らを調べ、河内介については修了後も調査を続けていた。

 メンバーは当初、春にも父子が埋葬された小豆島を訪問しようとしたが、感染症の影響で3回、日程を変更し、4回目がこのほど、ようやく実現。遺体が漂着したとされる浜を望む雲海寺や墓碑などを訪れ、寺の住職や地元の「田中河内介顕彰会」有志と交流した。

 研究会代表の生田克己さん(68)=豊岡市、池内鴻之さん(79)=同=によると、小豆島では顕彰会に100人近くが参加。毎年、供養を続けているという。生田さんは「なぜ小豆島ではこんなに河内介が有名になり、顕彰されているのか、意見を交わせた。近代日本をつくった明治天皇の養育係を務めた業績がたたえられた成果を改めて確認できた」と話す。

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