「カニの看板」といえば、大阪・道頓堀の「かに道楽」が知られるが、山陰の代表的な水揚げ拠点である兵庫・但馬地域にも、人目を引く看板があちこちにある。製作者は、兵庫県香美町香住区余部の工房「レンゴー」の今西照一さん(63)。手掛けた作品は大小約300体に上り、殻の質感や表面の突起など細部までリアルさを追求し続けている。(長谷部崇)
今西さんがカニの看板を初めて作ったのは、工房を立ち上げたばかりの33年前。気比の浜(豊岡市)の民宿で看板を製作した際、屋内に飾るカニの剥製を赤く塗る依頼を受けたのがきっかけだった。この辺りの民宿は昔から玄関や客室にカニの剥製を飾るという。
「剥製はちっちゃいから、2メートルくらいの大きなカニを作りましょうか?」。
今西さんの頭に浮かんだのは、道頓堀の有名店「かに道楽」のカニ。発泡ウレタンのブロックを削る方法で仕上げて納品すると、「面白いね」と評判になり、民宿から注文が相次いだ。
その翌年、京都府京丹後市の土産物店「かに一番久美浜店」から「かに道楽の倍の(大きさの)カニを作りたい」と相談があった。「本家」のカニは幅8メートルだが、「16メートルは中途半端なので、20メートルでは?」と今西さんが逆提案。工務店の倉庫を借りて、脚、爪、甲羅などパーツごとに製作。約30の部品を10トントレーラーで3回に分けて運び、クレーンで屋根上に設置した。
京都市下京区や大津市でカニ料理店「山よし」を経営する山本恵輔社長は、ヘリコプターで柴山漁港(香美町)までマツバガニ(ズワイガニ雄)を買い付けに行く途中、丹後地方上空でこの巨大ガニを目撃。かに一番久美浜店に「売ってほしい」と掛け合って、今西さんを紹介してもらったという。幅9メートルのカニが京都四条河原町店、幅15メートルのカニが滋賀堅田店で飾られている。
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カニ漁師の家庭で育った今西さん。小学生の頃、父親はセコガニ(ズワイガニ雌)が入ったトロ箱を毎週のように持ち帰り、家でおやつをねだると「カニなと(カニでも)食っとれ」と言われるのがお決まりだったとか。
「カニは子どもの頃の記憶に深く食い込んでいる。カニを作ることだけは他の人に負けたくない」
大きな作品はコンクリートパネルで骨組みを作り、金網をかぶせた上から、樹脂を塗り込んだガラスマットを重ねて形作る。表面の突起など細かい部分は、樹脂をパテ状にして起伏を表現。着色はアクリルウレタン塗料を使うが、殻の質感を出すため、透明の原液の中に塗料を落として、吹き付けを重ねる技法で色づけする。
今西さんは、写真のように見える写実的な絵「リアルイラストレーション」も心得があり、現物と見まがうカニの表現に磨きをかけている。「リアルさの追求は一生もの」。メンテナンスを続ければ、100年でも200年でも持つといい、但馬だけで約30体が現役だ。福井県や鳥取県、大阪市北区などのカニ料理店でも今西さんのカニが飾られている。
