但馬

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小説家になった経緯などを語る早見和真さん=アール・ベル・アンジェ豊岡
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小説家になった経緯などを語る早見和真さん=アール・ベル・アンジェ豊岡
「デブ猫ちゃん」プロジェクトにかける思いを語る早見和真さん=アール・ベル・アンジェ豊岡
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「デブ猫ちゃん」プロジェクトにかける思いを語る早見和真さん=アール・ベル・アンジェ豊岡
質疑応答で会場からの質問に答える早見和真さん=アール・ベル・アンジェ豊岡
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質疑応答で会場からの質問に答える早見和真さん=アール・ベル・アンジェ豊岡
質疑応答で会場からの質問に答える早見和真さん=アール・ベル・アンジェ豊岡
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質疑応答で会場からの質問に答える早見和真さん=アール・ベル・アンジェ豊岡
対談が行われた会場=アール・ベル・アンジェ豊岡
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対談が行われた会場=アール・ベル・アンジェ豊岡

 神戸新聞但馬懇話会の第7回総会と第30回例会が3日、兵庫県豊岡市若松町のアール・ベル・アンジェ豊岡であった。神戸新聞で毎週土曜に連載中の童話「かなしきデブ猫ちゃん」の作者で、小説家の早見和真さんのトークショーもあった。

 早見さんは、自身の経験をもとに名門高校野球部の補欠部員を主人公にした「ひゃくはち」でデビューし、2015年に「イノセント・デイズ」で日本推理作家協会賞、20年に「ザ・ロイヤルファミリー」で山本周五郎賞を受けるなど多数の著書がある。「デブ猫ちゃん」シリーズは18年から愛媛新聞で連載を開始し、22年4月からは神戸新聞で続編の兵庫編を掲載している。トークの主な内容は以下の通り。

 -そもそもなぜ小説家になろうと思われたのか

 「小学生で身長が170センチあって、球速130キロ近いボールを投げられ、プロ野球選手になると信じていた。推薦で(神奈川県の)桐蔭学園の中学校に入学したが、隣のグラウンドにいたのが当時高校生の元巨人監督の高橋由伸さん。彼のバッティングを見てショックを受け、全くボールが投げられなくなった」

 「その後は自分は補欠だと割り切って、いかにベンチ入りするかを考えた。名門校だったので新聞記者たちが取材に来るが、エースに話を聞いても、彼らは野球の天才なのに、実は語る言葉を持っていない。一方で、一生懸命目立とうとする補欠球児の僕に、選手のことを聞いてくれれば『何でも語れるのに』と思った。大人が十把一絡げに見てくるというこの経験は強みで、彼らよりもっといい記事が書けると思ったのが、原体験だった」

 -その後は

 「大学に入って1日1冊、後に3冊になるが、本を浴びるほど読み、出版社に旅を記事にする企画を持ち込んで記事を書いていた。しかし、留年して新聞記者の内定が取り消しになった。ひきこもっていた時に、別の出版社の編集者から、高校生の時に抱いた怒りを小説にしてはどうか、との提案を受けて書き始めたのが『ひゃくはち』だった」

 -大人向けの小説から、なぜ童話「デブ猫ちゃん」を書くことになったのか

 「小説家になってから、一番多く受けた質問が『どうやったら子どもが本を読むようになるか』だった。それなら、子どもが無条件に読まざるを得ないような物語を書こうというのが最初。愛媛新聞とともに始めた」

 「生まれ育ったまちに主人公がやって来て、まちのことを知ってもらう。そして『物語、小説っておもしろいんだな、次は何を読もうか』と思ってもらえることを目指している」

 -舞台が兵庫へ、今月にはマルが但馬入りする

 「マルがどこを旅したら、つまり自分がどこを取材したら面白いかを考えると、五つの文化が交わっている兵庫を物語にするのは面白いと思い、神戸新聞とやることになった」

 「当初は『但馬』を読み間違えていたほどだったが、すでに2度取材で訪れており、冬の城崎温泉が本当に良かった。夜に温泉街を歩いた時に『小桜橋』を見付けた。(マルが)船上で出会った女の子『桜子』に頼まれて、探すことになった(城崎にいるはずの)雌猫『コザクラ』はそこから命名した」

 -今後マルはどこに行くのか

 「神戸から明石、姫路、赤穂に行き、通り過ぎた加古川の読者からはお叱りを受けた。計36回の連載で県内41市町を回るのは難しく、セカンドシーズンまで待ってほしい。その後は、海外も含めてマルをどこまでも行かせたい」(まとめ・石川 翠)

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