舞台写真家の森英嗣さん（５３）と妻の歩さん（４８）は２年前、東京都から兵庫県豊岡市竹野町に移住した。きっかけは、東日本大震災で甚大な被害があった岩手県陸前高田市での災害記録のボランティアだった。被害状況をカメラに収め続けながら、更地になったまちや海のそばに住む人たちから、自然や建物、記憶との向き合い方を教わった。今でもその思いを抱きながら、竹野で暮らしている。

■陸前高田の被害記録

　英嗣さんは仙台市の実家が被災。被害が大きかった閖上（ゆりあげ）地区でも親戚が被災した。歩さんは秋田県の出身で夫婦で東北にゆかりがある。２０１１年３月１１日。２人は生活していた東京で揺れを体感した。夫は公共交通機関の運休で帰宅できず、自宅にいた歩さんはその夜、靴を履いたまま床に就いた。

　震災発生後、歩さんは新聞を開いては、被災地の情報を得た。ふと、ある写真に視線が止まった。避難所で菓子パンをもらって涙を流す少女を映した１枚。被災地の深刻な状況とは対照的に、自身は暖かい部屋でお茶を飲みながら新聞を読んでいた。われに返った。「これが２１世紀で起こっていることなのか。自分の目で見たほうが良い」。被災地に身を置き、支援にも携われるボランティアの募集を探し始めた。

　防災科学研究所（茨城県つくば市）が募っていた「災害記録ボランティア」を見つけた。力作業に向いていないと自覚していた。これまでカメラを使う仕事をしたことはなかったが、シャッターさえ押せば記録は残せる。「手が２本より、４本の方がいい」。すぐに舞台写真家の夫に声をかけると、「自分の役割を生かしたい」とうなずき、写真撮影が趣味だった父と３人で申し込んだ。

■足運ぶたびに「もっと自然に向き合いたい」

　発生２カ月後の５月。ゴールデンウイーク中に３人で内陸の岩手県遠野市を経由し、陸前高田市に向かった。同市に入ると景色が一変した。「まちが黒い」。移動の車内が静まり返った。同市は、津波の波高が上昇するというリアス海岸を抱えており、更地となったかつての市街地に、風が吹き抜ける寒々とした光景がっていたからだ。

　現地では撮影時にＧＰＳ発信機を渡された。ハザードマップを作るために津波の到達領域を捉えようと被災地をくまなく歩き、３人で毎日計５千枚ほどの被災状況を収め続けた。「ボランティアに行って『すごいね』と言われるが、１人ができることは本当に限られていると痛感した」

　その後も夫と陸前高田市を訪れた。ボランティアをしながら、１次産業の従事者と交流を深めた。漁師にとって海は「生活の一部」だった。「津波が怖いからといって海から離れられない。海とともに生きる」。自然への畏怖（いふ）と敬意に、都会暮らしの２人は衝撃を受けた。もっと自然に向き合いたい。海の近いところで暮らしたい。演劇にも興味があり、豊岡市の竹野町に移ることを決めた。

■豊岡・竹野で感じる人とのつながり

　移住後、人とのつながりを感じるようになった。防災、減災を追求する上で地域情報は欠かせない。「この家には赤ちゃんがいる」「ここは高齢者が１人暮らし」など、「日々のコミュニケーションが有事の対応につながる」と思う。高齢化や人口減少で竹野町も空き家が増えているが、「空き家だから壊すのは、記憶からなくなることを意味する。まち並みは時間の蓄積で成り立っている」と、２人は言葉を重ねる。

　津波であらゆるものが流されて更地になり、まちの記憶が消えた。人の記憶でしか当時の時間や空間を紡ぎえない。それでも、空き家を人為的に取り壊すことが増えた。「壊す、なくすという横暴さをすごく突きつけられた。そんなに簡単に壊せない」。そんな思いで、竹野では古民家を購入して改修した。

　あの「３・１１」から１２年を迎える。歩さんは「通過点」としつつ、「数字で変な仕切りはしたくない。ただただ、亡くなった人や被災した人のためにも、恥じない生き方をしようと常に誓う」。