平家の落人伝説が残る兵庫県香美町香住区余部の御崎地区で28日、源氏に見立てた的をめがけて101本の矢を放つ伝統行事「百手(ももて)の儀式」があった。
1185年の壇の浦の戦いで敗れ、「門脇宰相」と呼ばれた平教盛のほか、伊賀平内左衛門家長、矢引六郎右衛門ら7人が御崎に漂着し、修験者の助けを得て隠れ住んだと伝わる。平家の復興を願う武芸初めの儀式として、地区の平内神社で毎年執り行っている。
住民らは公民館に集まり、地区で採取した竹で弓と矢を作った。午後3時過ぎ、平家の家紋「揚羽蝶(あげはちょう)」をあしらった赤いのぼりを掲げるかみしも姿の行列が「控えー、控えー、脇に寄れー」と唱えながら、集落から神社まで雪の坂道を約200メートル練り歩いた。
門脇、伊賀、矢引の3氏に扮(ふん)する射手は、会社員松上歩夢さん(18)と山本耀司さん(28)、町職員麻町卓司さん(37)が務めた。境内の石段に並び、5メートル先のイチョウの大木にくくりつけた縦50センチ、横80センチの的に向けて弓を引いた。
子どもの多かった時代は射手を小中学生の男子から選んだが、現在は集落にいない。麻町さんは長男(5)が矢持ちとして参加し「どんな形でも伝統行事として子どもたちに引き継ぎたい」。
宮総代の岡田和さん(72)は「先祖代々、何百年と続いてきた行事。どこまでできるか分からんけど、ずっと続けたい」と話した。(長谷部崇)























