93歳になった今、かつては疎ましく映った父を「戦争」という観点から見つめ直す-。終戦から81年となった今年、丹波市市島町の吉見進さんがエッセー「父 謙治」をしたためた。在郷軍人組織の代表を務めたために戦後の公職追放で職を失った父。36年前の小説ではその後の姿に反発をにじませたが、父の享年を超え、その生き方への理解が深まった。父の人生をたどり、戦争は命を奪うだけでなく、人々の心やその後の人生にも深い影を落とすことを伝えている。(秋山亮太)
進さんは中学校の元国語教諭。40歳ごろから本格的に執筆活動を始め、戦時中の記憶などを題材に小説やエッセーを書いてきた。
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1990年には、父母と少年だった自身をモデルにした小説「厳父慈母」が神戸新聞文芸に掲載された。母・としゑさんに肩入れする一方、厳しかった父には子どものころから「なじみにくい」との思いがあり、反発心から接することに気恥ずかしさも感じていた。戦後はその思いに「一家を支える父親なのに身勝手な人」と感じたことが重なり、疎ましさを覚えることもあったという。
謙治さんが公職追放で役場を去った事情は当時から知り、小説にも盛り込んだ。ただ、公職追放が父の心やその後の生き方に残したものまでは見えていなかった。父の享年85歳を越え、戦後の父がどんな思いを抱えていたか、以前より理解できるようになったという。
























