小説「けんちゃん」の表紙
 小説「けんちゃん」の表紙

 累計23万部超のベストセラーとなった私小説「夫のちんぽが入らない」で作家デビューしたこだまが、初めてフィクションとして書いた小説「けんちゃん」(扶桑社)を刊行した。特別支援学校に通う「けんちゃん」との交流を通じ、周囲の人々が生きる力を得ていく物語。「生き方に悩んでいる人に読んでもらいたい。けんちゃんの生き方を見て何かが変わるきっかけになれば」と語る。

 ダウン症のけんちゃんの言動は、いつも周りの予想を超え、ユーモラスで爽快。オホーツク海に面した北海道の町を舞台に、交流を持つ4人が影響を受けていく様子が描かれる。実は作者自身も特別支援学校の臨時職員として3年働いた経験がある。「いろいろな視点から、一つが正解じゃない、いろんな考え方があるって描いたのは、当事者の顔が浮かんだのが大きい」と話す。

 当時出会った生徒が、けんちゃんのモデルになった。「突拍子もない発想がけんちゃんと同じ。お話をたくさん作り出していつも聞かせてくれる。ものすごく面白くて、これまでもエッセーで書いてきたけれど、小説の中でも出したかった」

 小説ならではの多視点での執筆はかつてない経験で、最初に編集者から話をもらってから9年の歳月がかかってしまった。自身の経験を色濃く反映させ、職員に焦点を絞った章で「身動きできなくなった」が、自分の体験からかけ離れたコンビニ店員の視点で書いたら硬い文章にならずに「流れがつかめた」という。

 「夫の-」では、夫と性交渉ができない主人公を通して「普通」とは何かを問いかけた。「普通じゃない、欠けた部分を持つ主人公たちを選んだ」という今作でも、同様の問いが響く。

 例えば、障害の程度が軽度で特別支援学校に通うことに不満を持つ女子新入生の葉月は、「障害者」とひとくくりにされることに反発する。

 「障害があるだけで大変な運命を背負っているという偏見を持ってしまったりする。1人の人として接した方がいいと思っていて、それは作品にも反映されています」。葉月もまた、周囲の評価などどこ吹く風で心のままに振る舞うけんちゃんに引きつけられていく。

 「けんちゃん自身は一貫して変わらない。障害があっても乗り越えようというのではなく、どっしり構えている。暗くなりそうな時もけんちゃんが出てくることで場が明るく、柔らかくなっていく。みんなに幸せになってほしくて、けんちゃんと付き合いながら少しずつ変わっていく様子を描きたかった」

 講談社エッセイ賞を受けるなどエッセーで高く評価されてきたこだま。今回、初めてフィクション要素の強い小説を書き上げ、「自分じゃない人を書くのって面白いと気付いた」。表現の幅を広げていくことへの意欲を語った。