NHKの連続テレビ小説「虎に翼」が面白い。日本史上、女性として初めて弁護士と裁判官になった方の実話をベースにしたオリジナルストーリーとのことで、当時さまざまな法的、社会的制約を受けていた女性たちが多くの困難に直面しながらも道を切り開いていく姿が描かれる。
物語はまだ序盤だが、現代を生きる私たちにとっては当たり前に思える権利も決して自動的に保障されていたのではなく、多くの先人たちの問題意識と行動によって獲得されてきたものなのだということを思い出させてくれる。
その一つが選挙権だ。ここ数回の国政選挙の投票率は50%台にとどまっており、有権者の半数近くが権利を行使していないことになる。
そして今、自民党の多くの国会議員が派閥を通じて政治資金のキックバックを受けていた裏金問題が国民の政治への信頼を著しく低下させている。裏金そのものの問題点はもちろん、発覚後の対応の不十分さは為政者と国民の感覚とのズレの大きさをさらに浮き彫りにした。私たち一人一人が持つ選挙権の重要性を、改めて強く意識する契機にしなければならない。
■企業・団体献金は全面禁止を
私は兵庫県議会議員として2期7年半、尼崎市長として3期12年、仕事をさせていただいた。自分が政治家になるなど思ってもみなかったが、神戸大学在学中に発生した阪神・淡路大震災時の避難所ボランティアが転機となった。神戸市内の小学校に泊まり込み、避難されている方や学校の先生方と刻々と移り変わる課題について話し合いながらの避難所運営だった。大変だけれど、多様な当事者の参画のもとにつくられたルールは守られ、それが実情に合わなくなったら改善していく。いわゆる自治の力を実感した。
少子化高齢化が進行し人口減少時代を迎えるいま、私たちはかつての高度経済成長や人口構成を前提とする社会制度からの転換を迫られている。何を優先し、その負担をどのように分け合うのかという議論にも向き合わなければならない。国民の経済格差の拡大、価値観や家族のあり方、ライフスタイルの多様化も進んでいる。
こうした局面でこそ、多様な人が政治に参加することが重要だ。誰かが勝手にこちらの思う通りに物事を進めてくれるということはないし、すべての人がもろ手を挙げて賛成するような正解もない。関心を持って参加するなかで自分の考えを磨くとともに、異なる立場や知らなかった課題への理解を深めるプロセスや試行錯誤なくして納得に近づくことはできない。
楽ではないが、問題から目を背けても、そのツケを払うのは生活者である国民だ。政治に無関心でも無関係ではいられない。誰もが当事者なのだから、参加する権利を眠らせておく手はない。「政治とカネ」の問題も、それを正す力が私たちにはある。政治参加の方法はさまざまだが、まず選挙権はしっかり行使したい。現状の投票率が低いということは、この力が顕在化すれば状況を大きく動かせるということでもある。
国会では衆参両院に「政治改革に関する特別委員会」が設置され、政治資金規正法の改正や再発防止策の議論が本格化する。今回の裏金問題では、真相の究明も政治家の責任の取り方でも多くの国民の納得を得られたとは言い難い。その現実を受け止めた改正となるかが焦点だ。政治資金の透明化と議員本人の管理責任の厳格化についてはもはや必須と考える。加えて、私は企業・団体からのパーティー券購入を含む献金の全面禁止にも踏み込むべきだと思う。
政権交代が定着していない日本において、特に企業献金は政権与党に集中してきた。企業は個人に比べて資金力があり、それだけ大きな影響力を持つことになる。これでは国民一人一人のための政治ではなく、企業や団体のための政治になってしまう恐れがある。
企業・団体献金の多くが選挙の資金として使われれば、立候補する人が企業や団体の代弁者に偏り、多様な国民の参加を妨げる要因にもなる。投票率が低い理由として、投票したい人がいないという声も少なくない。金のかからない選挙、より公正な選挙の公費負担のあり方も議論する必要がある。
国民主権の根幹をなす選挙権は、国民がお金や立場に左右されることなく、自身の考えに基づいて代表を選ぶことができる権利だ。企業や団体の利害を重視する人もそうでない人も、それぞれの立場から一票を行使できる。だから、岸田文雄首相が企業献金禁止に慎重になる理由として繰り返してきた「政治活動の自由」が制限されるということにはならない。
一連の問題を受け、本来は真っ先に反省を踏まえた再発防止策を提案すべきだった自民党からも遅まきながら独自案が示され、ようやく各党の案が出そろった。時間が足りないなどと言い訳をせず、しっかりと審議する時間を確保して議論を進めてもらいたい。
私も政治家を引退したいま、これまで以上に自分が持つ選挙権の重みをかみしめつつ、今後の議論に注目していきたい。
(いなむら・かずみ=前尼崎市長)

























