長崎で原爆に遭いながら、国の定める援護区域から外れたために被爆者と認定されない「被爆体験者」の44人(うち4人死亡)が、長崎県・市に被爆者健康手帳の交付を求めた訴訟の判決で、長崎地裁は死亡者2人を含む15人を被爆者と認め、手帳の交付を命じた。
争点は被爆者援護法が定める「放射能の影響を受けるような事情の下にあった」かどうかだった。地裁判決は、長崎市などが1999年度に実施した証言調査に基づき、15人がいた旧3カ村で放射性物質を含む「黒い雨」が降ったと判断した。
2021年の広島高裁判決は黒い雨が降った地域の被害者は援護区域外でも被爆者と認定するよう命じ、政府も受け入れた。二つの被爆地で生じた格差を是正するのは当然だ。
しかし長崎地裁は旧3カ村以外にいた29人は被爆者と認めなかった。降雨はなくても灰などが降ったとの証言があり、米調査団による残留放射線のデータもあったが、立証が十分ではないとして退けた。
広島高裁判決は、原爆の放射能による健康被害が「否定できない事情」に置かれていたと立証できれば全面的に救済する画期的な判断を示した。一方、地裁判決は「高度な蓋然(がいぜん)性」の立証責任を原告側に求めた。高裁判決に比べて後退したと被害者が批判するのも無理はない。
戦後80年近くが経過して被爆体験者は高齢化が進み、物故者も相次いでいる。その中で新たな「線引き」をし、立証責任を負わせるのはあまりにも理不尽だ。被害者の間に溝をつくりかねない。
長崎での援護区域は半径南北12キロ、東西7キロの範囲で、行政区画を基にしており明確な科学的根拠はない。不合理な線引きで被害者を被爆者援護から置き去りにし続けることは許されない。広島高裁が示した「疑わしきは救済」を図るのが、政府のとるべき姿勢ではないか。
被爆者に認定されるとほとんどの病気の医療費が免除されるが、被爆体験者はショックなどによる精神疾患と合併症に限られる。がんなどを発症する被害者が多い中、処遇の差は看過し難い。
行政側は勝訴した15人について控訴せず、残る29人にも救済の道を開くべきだ。長崎では被爆体験者が約6300人に上る。手帳交付の審査を担う県と市は被告の立場だが、国には早期解決を求めている。幅広い救済に一体となって努めてほしい。
岸田文雄首相は8月9日、被爆体験者と初めて面会し「合理的に解決できるよう調整する」と約束した。後を託される新政権は、国の責任で全員救済を図るための政治的解決策を示さねばならない。