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 初の提訴から6年7カ月にわたる法廷闘争がやっと決着する見通しとなった。旧優生保護法が施行されて76年、差別的な条文の削除からも28年がたつ。なぜ被害者の苦しみが放置され続けたのか、国を挙げた検証が不可欠だ。

 障害を理由に不妊手術を強制されたとして被害者が国に損害賠償を求めた訴訟で、国は3高裁と神戸など6地裁で係争中の19人を対象に、和解に向けた合意書を締結した。最高裁が7月に訴訟5件について旧法を違憲とし国の賠償責任を認める統一判断を示したことを受け、岸田文雄首相は全面的な和解を目指す方針を示していた。

 合意書は、旧法を執行した政府の責任について「極めて重大。あってはならない人権侵害を行い、被害者の方々の心身に長年にわたり多大な苦痛と苦難を与えてきた」とし、謝罪を明記した。手術を受けた原告1人につき1500万円と弁護士費用を支払う救済策が柱となる。

 訴訟に参加していない被害者の救済も図る。超党派の国会議員連盟は和解の内容を踏まえ、幅広い救済を図る新法の議論を始めた。これまで対象から外れていた、障害を理由に人工妊娠中絶手術を強いられた人への補償も検討する。

 被害者は高齢になり、亡くなる人も相次ぐ。衆院解散が取り沙汰されるだけに速やかに法案を固め、秋の臨時国会で成立させてもらいたい。

 ただ全ての被害者を救済するには大きな壁がある。これまで声を上げられなかった潜在的な被害者の掘り起こしだ。2019年には議員立法で一律320万円の一時金を支給する法律が成立したが、約2万5千人とされる被害者のうち支給は24年7月末時点で1129人にとどまる。

 申請した人のみを支給対象としたため、だまされて手術を受けさせられ被害に気付かない人や、根強い差別を背景に家族にすら打ち明けられない人らが漏れたとみられる。こうした実情にも目を向けなければ、真の救済には程遠い。政府は自治体と連携して被害の実態把握を急ぎ、プライバシーに配慮しながら救済を行き渡らせなければならない。

 被害者が声を上げにくい環境をつくったのは、優生施策を推し進めた政府とそれを是認してきた社会の責任だ。兵庫県でも「不幸な子どもの生まれない県民運動」が進められ、当時の神戸新聞の社説も運動に賛同したことを改めて省みたい。

 「戦後最大の人権侵害」を真に終息させるためには、障害のある人の尊厳が尊重される社会を実現する必要がある。官民が協力して、偏見や差別を根絶する取り組みを広げることが重要だ。