中国広東省深圳市で、日本人学校に登校中の10歳の男児が学校近くで男に刺され、死亡した。地元警察は容疑者の男を拘束し取り調べているが、動機は明らかにされていない。
幼い子どもを標的にした暴力は許し難い。家族の悲嘆を想像するだけで心がつぶれる思いだ。中国当局は事件の真相解明とともに、学校周辺の警備強化など再発防止策に全力を挙げなければならない。
中国では6月にも江蘇省蘇州市で日本人学校のスクールバスを待っていた母子が男に切り付けられて負傷し、制止しようとした中国人女性が刺されて亡くなる事件が起きた。この時も容疑者はすぐ拘束されたが、その後、中国側は事件について十分な説明をしていない。
今回事件が起きた18日は、満州事変の発端となった柳条湖事件から93年に当たる。各地で式典が開かれ反日感情が高まりやすいとして、日本政府は中国側にあらかじめ安全対策の強化を求めていた。
にもかかわらず再び児童が襲われ、最悪の事態を招いたのは痛恨の極みである。だが中国側は「どの国でも起こりうる」「個別事案」などとして詳細な情報を開示しようとしない。これで有効な対策が可能だろうか。こうした姿勢が現地の日本人社会の不安と不信を広げている。
深圳市は中国経済をけん引するハイテク・IT都市で、多くの日系企業が進出する。外では日本語での会話を控えたり、駐在員の一時帰国や出張見合わせを検討したりするなど暮らしや企業活動への影響が出ているという。
日中関係は、政治的な溝があっても経済協力や民間交流で保たれてきた面がある。中国当局によるスパイ容疑での邦人拘束や、原発処理水の放出に対する中国の反発といった問題が影を落とす今、中国で働き、暮らす日本人の安全確保は両国にとって最重要かつ喫緊の課題のはずだ。
外務省は来年度予算の概算要求に中国での通学バス警備費として3億5千万円を計上している。中国政府は日本人を狙った犯行なのかどうかも含め事件の経緯と背景を明らかにし、実効性のある対策に取り組む必要がある。
中国では刃物を使った襲撃事件が相次いでおり、経済情勢の悪化による社会不安が背景にあると指摘される。そのはけ口が日本人をはじめとする在留外国人や小さな子どもに向けられているとすれば深刻だ。
一方で男児の死を悲しみ、事件に心を痛めている中国人もたくさんいる。事件を両国関係の悪化に直結させないためにも、日中両政府は情報を緊密に共有し、悲劇を繰り返さない対策を協力して講じるべきだ。