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 自民党の石破茂総裁が国会で首相に指名され、新内閣が発足した。

 「国民に正面から向き合い、誠心誠意語っていく」と述べたが、その初志を貫けるのか。言葉だけで実行力が伴わなければ期待は失望に変わり、来たる衆院選で有権者の厳しい審判を受けるだろう。

 新首相には派閥裏金事件で失墜した政治への信頼を取り戻す責務がある。幅広く国民の声に耳を傾け、指導力を発揮して国内外の課題解決に改革を断行しなければならない。

 長く続いた安倍晋三政権で非主流派だった石破氏の首相就任は、菅義偉、岸田文雄両政権に引き継がれた「安倍路線」からの転換となるかに注目が集まる。議論を経ない政策変更や、数々の政治とカネの問題で招いた深刻な政治不信などの「負の遺産」を総括し新たな方向性を示す必要がある。

 改革には安定した政権運営体制の構築が必須だが、石破氏の党内基盤は盤石に程遠い。それが露呈したのが、「実力者」への配慮が際立った党役員・閣僚人事だ。

 閣僚19人のうち13人が初入閣だが女性は2人、50歳以下はゼロと刷新感に乏しい。林芳正官房長官を続投させるなど主要閣僚には石破総裁誕生を後押しした旧岸田派や菅元首相に近い議員、自らの推薦人を務めた議員の起用が目立つ。

 党役員人事でも、論功行賞が如実だ。党運営の要となる幹事長には岸田、菅両氏との関係が良好な森山裕総務会長が就き、政調会長には旧岸田派の小野寺五典元防衛相、選対委員長に菅氏と近い小泉進次郎元環境相を充てた。麻生派の鈴木俊一財務相を総務会長にするなど党内融和に一定の配慮は見せたが、旧安倍派は党四役や閣僚に起用しなかった。

 主導権が従来の旧安倍派と麻生派から旧岸田派と菅氏周辺に移っただけではないか。石破氏がどこまで主体性を発揮できるか疑問だ。

まず裏金にけじめを

 石破氏は自民党にありながら政権批判も辞さない姿勢で存在感を維持してきた。自らの基盤は国民の支持しかないと腹をくくるべきだ。

 まずは裏金問題にけじめをつけ、信頼回復を最優先せねばならない。岸田氏が退陣した理由は裏金事件の引責だった。裏金の経緯や使途はいまだに闇に包まれ、再調査も見通せない。石破氏は当初、関与した議員を選挙で公認しない可能性に触れたが党内の反発でトーンダウンした。改正政治資金規正法の抜け穴も明らかだ。政策活動費の見直しなど残る課題に取り組むのが急務である。

 自民党と世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の関係も全容が解明されたとは言えない。新閣僚や次期衆院選の公認候補と教団との接点の有無を徹底調査するべきだ。

 経済政策では岸田政権の「新しい資本主義」を継承し「物価上昇を上回る賃金上昇の実現」を主張する。格差是正に向け金融所得の課税強化などにも言及したが、党内や金融市場の反発を乗り越えるだけの覚悟があるのかがまだ見えてこない。

 東京一極集中と人口減少に歯止めをかける地方創生にも意欲を燃やす。従来型の補助金や交付金をばらまく発想ではなく、持続可能な地域づくりへの具体策が欠かせない。

 注目すべきは持論の「防災省」の創設である。多発する自然災害に既存の組織では対応できなくなっている点を明確に示し、議論を深めてほしい。加えて、豪雨災害も重なった能登半島地震の被災者支援に全力を尽くしてもらいたい。

 岸田政権が進めた防衛力強化も引き継ぐ姿勢だ。対等な日米関係へ日米地位協定の改定を掲げるほか、中国や北朝鮮の脅威を念頭に北大西洋条約機構(NATO)のアジア版創設も提唱する。集団的自衛権の全面行使を前提とした「集団安全保障」体制に相当し、憲法との整合性が問われる。現実的な提案と言えるのかきちんと説明する必要がある。

議論尽くし争点示せ

 石破氏は総裁就任後の9月30日、10月9日に衆院を解散し15日公示、27日投開票の日程で総選挙に踏み切ると表明した。首相就任前に解散を明言するのは極めて異例である。

 総裁選では国会論戦が重要と唱えたが、早期解散を求める与党の圧力に屈した。政策議論は後回しにし、新内閣発足の勢いに乗じて選挙戦を有利にしたい党利党略が透ける。従来の政権の国会軽視と変わらず、言行不一致との批判は免れない。

 国民の信を問う争点を明らかにし、与野党の対立軸を提示するためにも解散前に議論を尽くすべきだ。