事態打開への大きな一歩といえるが、楽観は禁物だろう。日本政府は、中国が一刻も早く日本産水産物の輸入を再開するよう、粘り強く働きかける必要がある。
東京電力福島第1原発の処理水海洋放出をめぐり、日中両政府は、中国が日本産水産物の全面禁輸措置を段階的に緩和する方針で合意した。国際原子力機関(IAEA)が主導する処理水のモニタリング(監視)体制を拡充し、中国の専門家が参加することを認めるなど、中国側の要求に一定配慮した。
ただ、輸入規制の撤廃が実現するかは見通せない。合意後に中国政府関係者は「科学根拠に基づき関連措置を調整する」とくぎを刺すかのような発言をしている。
しかし、そもそも合理的な根拠を示さずに処理水を「核汚染水」と呼んで危険視し、外交カードとして使ってきたのは中国である。習近平政権は、こうした強権的な威圧姿勢を改めねばならない。
処理水放出は2023年8月に始まった。IAEAは処理水を「国際的な基準に合致する」と結論付けたが、中国は激しく反発し、日本産水産物の輸入を全面停止した。ホタテやナマコなどで中国向けが大きな割合を占める日本の水産業者は深刻な打撃を受けている。
一方、強硬姿勢の裏で中国側も苦しい状況に直面していた。
中国漁船が三陸沖などで捕った水産物を国産として流通させていることが表面化し、矛盾が指摘されるようになった。日本非難の国際世論を広げようとしたが、かえって孤立を深めた。景気低迷下で海産物全体への不安をあおり消費者の買い控えを招いたため、経済界から禁輸撤廃を求める圧力が強まったとされる。
米国との対立激化に備え、日本との関係安定化に動いたとの見方もある。いずれにせよ、日中双方が実利重視で歩み寄った点は評価できる。
日本にとって中国市場は非常に重要だが、今回の問題は政治情勢に左右される危うさを改めて浮き彫りにした。海産物に限らず、各事業者はサプライチェーン(供給網)の多角化を図るなど、中国に依存しないようリスク分散に努めてほしい。
日中間の外交課題は山積している。広東省深圳市で日本人学校の男児が刺殺された事件では、中国はいまだに詳しい説明をしていない。スパイ容疑による邦人拘束も情報開示なしに長期に及んでいる。まずは中国側に誠実な対応を強く求める。
新型コロナウイルス禍以降、希薄になった両国の政治レベルの対話を活発化させることが重要だ。両国政府は協議を重ね、戦略的互恵関係の維持と深化に努めるべきである。