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 被爆地・広島出身の岸田文雄前首相による任期最後の決断に期待する声は多かった。だが、示された救済策は期待外れと言わざるを得ない。

 長崎で原爆に遭いながら、国の援護区域外のため被爆者と認定されない「被爆体験者」の一部に被爆者健康手帳を交付するよう命じた長崎地裁判決に対し、被告側の大石賢吾・長崎県知事と鈴木史朗・長崎市長が判決を不服として控訴した。

 大石知事と鈴木市長は判決後、控訴断念を国に要望していたが、先行する最高裁判決との整合性が取れないとの国の意向を受諾した。

 一方で、国は訴訟に加わらない被爆体験者を含め、全員に被爆者と同等の医療費助成をすると発表した。従来は被爆のトラウマによる精神疾患と合併症、胃がんなど7種類のがんの医療費のみだったが、救済策はほぼ全ての病気を助成対象とし、年1回の精神科受診も不要とする。

 訴訟とは切り離して救済を図る方針だが、被爆者とは認定しないため月3万6900円の健康管理手当を支給しないなど「格差」は残る。何よりも被爆者との線引きに被爆体験者はやりきれない思いを抱いてきた。健康被害への不安にさいなまれる日常は被爆者と何ら変わらない。

 岸田前首相は8月9日に被爆体験者と初めて面会し「早期の合理的な解決」を約束していた。被爆者と「同等」の支援を示す一方で認定は拒む姿勢は不合理ではないか。そもそも国が定める援護区域は行政区分を基にするなど科学的根拠に乏しい。放射能の影響の立証を原告側に求める姿勢を改め、ただちに全ての被爆体験者を被爆者と認めるべきだ。

 今回の長崎地裁判決は、原告のうち15人は居住地で放射性物質を含む「黒い雨」が降ったとして被爆者と認める一方、それ以外の29人は認定しなかった。米調査団による残留放射線のデータなどを採用せず、新たに線を引き直した。全員の被爆者認定を目指す原告側も控訴した。

 2021年の広島高裁判決は、放射能の影響が否定できなければ援護区域外の住人も救済するとの画期的な判断を示し、国も上告せず原告全員を被爆者に認定した。これに対し、長崎地裁の判決と国の対応は明らかな後退であり、広島との格差を継続させた罪は深い。

 原爆に遭った人たちの高齢化が進む中、幅広い救済のためには政治判断が欠かせない。石破新内閣は、強制不妊訴訟などで判例重視の方針を崩さず被害者救済が遅れた前政権の轍(てつ)を踏むべきではない。被爆体験者の救済を積み残された重要課題と認識し、最高裁の判断を待たず、一刻も早い全面解決を図らなければならない。