近年の科学捜査の進化は、自白偏重の強引な捜査手法を大きく変えたとされる。中でもDNA型鑑定は、精度の高まりとともに捜査の「要」と位置付けられるようになった。
佐賀県警で発覚した不祥事は、鑑定が正しいとの前提を揺るがし、司法全体の信頼性を損なわせかねないゆゆしき事態だ。警察は不正の全容や背景などを徹底的に解明し、信頼回復を図らなければならない。
県警は、科学捜査研究所の40代男性技術職員が、DNA型を調べていないのに「検出できなかった」とうその報告をしたり、鑑定したガーゼの残りを紛失し新品を返還したりしたとして、職員を懲戒免職処分とし、13件に関し虚偽有印公文書作成・同行使などの疑いで書類送検した。不正は2017年以降の7年超で130件あったとされる。
首をかしげるのは、県警が内部調査だけで済ませた点だ。福田英之本部長は第三者委員会の設置に関し、県公安委員会が調査に関わったなどとして「必要があるとは考えていない」と県議会で答弁した。事態の深刻さや影響の大きさを過小評価していると言わざるを得ない。
職員は632件の鑑定に関与したという。県警は証拠の捏造(ねつぞう)はなく、公判にも影響しなかったとするが、佐賀県弁護士会は「鑑定結果が個々の捜査や身体拘束の判断に影響した恐れがある」と指摘する。早急に第三者による調査に委ねるべきだ。
DNAは人の血液や毛髪から検出される「デオキシリボ核酸」を指す。高い精度で個人を識別できるとされ、冤罪(えんざい)事件の判決にも多大な影響を及ぼしてきた。
1990年に栃木県足利市で4歳の女児が殺害された事件では、精度の低いDNA型鑑定の結果を基に菅谷利和さんの無期懲役判決が確定した。ところが再審請求審で再鑑定した結果、冤罪と判明した。
殺人事件は公訴時効が撤廃され、鑑定結果は永久に効力を持つ。容疑者の人生を左右する重大性を全ての捜査関係者は再認識するべきだ。
不正の背景分析や再発防止にも第三者の目を入れる必要がある。
職員は「上司に仕事を早く終わらせたと思わせたい」と説明したという。全国のDNA型鑑定の件数は、2005年の2万4562件から24年には25万3941件と10倍以上になった。過剰な業務や職場の風通しの悪さが不正に影響しなかったか。
佐賀県警は7年以上も不正を見逃し続けた。再発防止策は第三者による検証結果を基にするべきだ。
不正は佐賀だけの問題か、との疑念も拭えない。全国の警察は鑑定の過程や結果を再検証し、過ちを繰り返さないようにしてほしい。