新聞週間が始まった。新聞をはじめとする報道機関にはかつてなく厳しい視線が注がれている。批判は真摯(しんし)に受け止めつつ、信頼されるメディアであるために努力と挑戦を惜しまない。その決意を新たにする。
新聞離れが加速する一方、誰でも自由に発信できる交流サイト(SNS)が隆盛を迎え、現実の選挙にも影響力を持つようになった。告発文書問題に端を発した昨年の兵庫県知事選はその一つだ。若者や無党派層の関心を呼び起こし、投票率の上昇にもつながったとみられる。
半面、匿名性が高く中立・公正性に縛られないSNSには、根拠が曖昧で真偽不明の情報があふれる。自分の好む情報に囲まれるうち異論を受け付けなくなる。事実かどうかより、信じたいものを信じる風潮が強まり、対話が成り立たない。誹謗(ひぼう)中傷が拡散され、人を傷つける。
これに対し、新聞やテレビなど既存メディアは、中立公正であろうとし、事実に基づく報道に徹した。それが結果的に「情報の空白」を生み、真実を伝えていない、との不信感を招いたのは痛恨である。
報じない理由も説明し、ファクトチェック(真偽検証)の実践を重ねるなど、慣例にとらわれず、選挙報道の進化に取り組む必要がある。
社会の分断は国際社会の秩序を揺るがし、自国第一主義が広がる。その波は日本にも確実に訪れている。
こんな時代にこそ、新聞にはしっかりしてほしい。そう言われたようで、今年の新聞週間代表標語「ネット社会 それでも頼る この一面」(岐阜県川辺町 村山心菜さん)には身が引き締まる。
健全な民主社会を守るために事実を積み重ね、正しい情報を分かりやすく伝える。報道の使命を忘れず、試練の時を読者との信頼関係を築き直す機会としなければならない。
きのうの新聞大会で、この1年の優れた報道に新聞協会賞が贈られた。地方紙の奮闘を紹介したい。
戦後80年に合わせ原爆投下の惨状と戦後の歩みを再現した「ヒロシマ ドキュメント」(中国新聞社)、生活を脅かす闇を暴いた「ガソリン価格カルテル疑惑」(信濃毎日新聞社)など、地道で長期的な取材に基づき埋もれそうな真実に迫った。共通するのは「伝えたい」「伝えなければ」という熱意と使命感だろう。
神戸新聞社の「阪神・淡路大震災30年報道」も受賞した。災害の記憶継承を巡る「30年限界説」に挑み、伝え続ける地方紙の力を示したと評価された。取材に応じてくれた多くの被災者と共に得た賞である。
地域で生きる人たちが不安な時、迷った時に頼ってもらえる。神戸新聞は何よりそんな存在でありたい。