相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が殺害され、職員を含む26人が重軽傷を負った事件から10年がたつ。殺人罪などで死刑が確定した元職員植松聖(さとし)死刑囚は動機について「不要な存在である重度障害者を殺害すれば自分の考えに賛同が得られる」と公判などで述べ、社会に衝撃を与えた。
悲惨な事件を二度と起こさないためには、障害者への差別意識の根を絶たねばならない。植松死刑囚の強い偏見は彼だけの思考ではなく、社会が長い時間をかけて醸成してきた意識の映し鏡とみるべきだ。
旧優生保護法(1948~96年)の下、国が障害者の不妊(優生)手術を推進し、地域が実施を後押ししてきた。兵庫県でも官民が一体となって「不幸な子を産まない運動」を展開した。この運動名は植松死刑囚が公判などで繰り返した「意思疎通が取れない障害者は不幸になる」との主張に通底する。
強制不妊手術に対する国の賠償責任を認めた2024年の最高裁判決を受け、国はようやく被害者に直接謝罪した。同じ年には民間企業が障害者に「合理的配慮」を提供するよう義務づけた。しかし、社会全体に巣くう差別意識は今も払拭されたとは言い難い。
インターネット上にはいまだに植松死刑囚の主張に賛同する書き込みが目立つ。社会的弱者に批判の目を向け、社会保障費の削減を求める声も根強い。多様性に背を向ける風潮は今や世界中にはびこっている。
このままでは同様の事件が繰り返されるとの関係者の危機感は切実だ。相模原の遺族は、犠牲になった家族をいかに愛しているかを伝えようとしている。生きた証しを残そうと名前を公表する遺族もいる。
神戸市では7月、重度身体障害者や知的障害者らがつくる二つの障害者団体が事件の風化を防ぐ集会を開き、命の尊さを訴えた。こうした声に耳を傾け、障害者を尊重する世論を高める必要がある。
事件は精神的な問題を抱える人への支援の在り方にも課題を残した。
植松死刑囚は事件の5カ月前、重度障害者の殺害を予告する手紙を衆院議長公邸に持参し、他人を傷つける恐れがあるとして措置入院させられた。12日後に入院が解除された後、地域の医療や福祉の支援をほとんど受けずに事件を起こした。
植松死刑囚のようなケースにどう向き合えばいいのか。措置入院を乱用するのではなく、地域での暮らしをサポートし、孤立を防ぐ取り組みが重要だ。相模原市は事件後、退院後の支援計画作成を強化している。
相模原殺傷事件の教訓を過去のものとしてはならない。
























